【DQN】
軽率そうな者や実際にそうである者、粗暴そうな風貌をしている者や実際に粗暴な者かつ、非常識で知識や知能が乏しい者を指すときに用いるネットスラング。
たまにDQNな人たちに出会う。
愛情不足によるものなのか、誰かにかまってほしくて、常識外れな言動や行動を取って人を困らせる人たちだ。
比較的まだ若くて、見た目が可愛いかったりすれば、多少ワガママを言っても誰かにかまってもらえるかもしれないけど、人生の折返しを過ぎた人や高齢者の中にも、ワガママな言動や行為で誰かにかまってもらおうとする人がいる。
信頼関係のない赤の他人に、突然自分の悩みや愚痴、不満をぶちまけても、普通は誰も相手にしてくれない。
たとえそれが客と店員という立場であっても、信頼関係がなければ誰も親身になってくれないのがこの社会の常識だ。
なのに彼らは「自分にはかまってもらう権利がある!」と言わんばかりに、周囲の反応も気にせず、おかしな事を言ったりやったりする。
むしろそれを承知で“かまってもらう”という目的を達成しようとしているように見える。
大声を上げながら独り言を言っている人。
目が合っただけで誰にでも突っかかって来る人。
あまりにも異常な言動や行動を取るDQNな人たちは深刻な孤独や絶望感を抱えているのかもしれない。
そういうDQNな人が自分の近くにいたら出来る限りその人の話している内容を聞いてみるといい。
その人が現在置かれている環境、立場、境遇によって蓄積した鬱憤がそのまま言葉になって心から溢れ出ていると思う。
恨み、辛み、嫉みなどのありとあらゆる負の感情をとめどなく拡声して、誰かがその闇を承認してくれるのを期待している。
そんな人に対して「なんかアブナイ奴がいる!」みたいな視線を向けたり、笑ったりしてはいけない。
そんな事をすれば、その人は「今、変な目で見られた」「笑われた」などを、自分がキレる正当な理由にして突っかかって来るだろう。
自分を変な奴、おかしな奴だと認識した事に責任を感じさせ、たっぷりとかまってもらう。
それがDQNな人の目的とやり口だ。
余計なトラブルを回避するには、何も見なかった事にして黙ってさっさと立ち去るか、闇が晴れるまでとことん親身になってかまってやるしかない。
しかしとことん親身になる選択肢は、並大抵の精神力では出来ないから、とっとと立ち去るのが一番良い。
以前、街へ飲みに出かけた帰りに、駅のトイレで小便をしていたら、隣の便器で用を足していた中年のサラリーマンが、酔っぱらってふらつき、僕の足に小便をかけた事があった。
僕の方が先に用を足していて、僕の隣以外の便器も空いていたのに、その人はわざわざ僕の隣に来て小便をし、さらに自分の不注意で僕の足にかけておきながら、それに気付いても一言も僕に謝らなかった。
僕はその時怒りが湧いたけど、その人が抱えているドス黒い感情をすぐに察知して、それがもう限界まで込み上げているような狂気を確かに感じた。
この人はおそらくそれをぶちまけるための理由を探している。
「オレはこれまで散々な目に遭ってきた。だから誰でもいい、キレさせろ!」
そんな危うい精神状態だったと思う。
だから僕は自分の怒りを鎮め、何事もなかったように平然と用を済ませてトイレを出た。
「汚ねぇな、何すんだ、オッサン!」
あの時もし僕がそう言っていたら、そのサラリーマンは全力で僕にキレ返したと思う。
誰かに自分の鬱憤を受け止めて欲しいから、わざと理不尽な事をして他人を困らせる。
それで相手がキレたら、それを理由に自分もキレ返す。
DQNな人になると、そんな悲しいコミュニケーション手段とコンタクト方法でしか人と関われなくなる。
家族からも会社からも愛情をもらえない哀れな人なんだろう。
だから僕は許すし、哀れむ。
赤信号を承知で道路に飛び出し、クラクションを鳴らされても悪びれない人なんかもそう。
狭い路地や坂道を減速せずに、わざと危険走行して周囲の人を脅かす人なんかもそう。
煽り運転する人も、混んでいるレジでわざとクレームを言う人も、やむを得ない電車の遅延にクレームを言う人もそうだ。
理不尽で幼稚でワガママな許しがたい存在ではあるけど、許してあげるしかない。
哀れんであげるしかない。
そうしないと自分まで愛情不足に陥ってしまう。
その傷口から感染して自分までDQNな人になってしまいかねない。
僕は自分にとって不要な感情は、休みの日に公園や自然のあるところに行ってのんびりしたり、瞑想したりして受け流す。
不足した愛情を大地から受け取るイメージで、気が晴れるまで何もせずにしっかりと休む。
そして自分の行動に対して意識的になると、そういう人たちに遭遇しやすい場所や時間帯などが分かるようになり、次第に出会う頻度が減って来る。
自制心を鍛え、自分にとって不都合な事が起きそうな事を事前に察知し、避ける。
何かと慌ただしく殺伐とした現代社会で生きるには、そういう知恵とアイデアが必要だ。