あらすじ
悪のはびこるゴッサム・シティーを舞台に、ジム警部補(ゲイリー・オールドマン)やハービー・デント地方検事(アーロン・エッカート)の協力のもと、バットマン(クリスチャン・ベイル)は街で起こる犯罪撲滅の成果を上げつつあった。だが、ジョーカーと名乗る謎の犯罪者の台頭により、街は再び混乱と狂気に包まれていく。最強の敵を前に、バットマンはあらゆるハイテク技術を駆使しながら、信じるものすべてと戦わざるを得なくなっていく。
監督:クリストファー・ノーラン
キャスト:クリスチャン・ベイル,ヒース・レジャー
トランプのジョーカーはババ抜きだとみんなに嫌われ、他のゲームでは最強の手札になったりする。
資本主義社会はトランプのババ抜きゲームのようなもので、誰かが得をすれば、誰かが損をする。
だからゲームのルールが分からなかったり、ゲームが下手くそな人間は常にババを引く。
ババを引き続け、ゲームに負けっぱなしの人間は、次第に人生が苦になり、やがて絶望して、憎悪の根が深ければ無敵の人になる。
こんなゲームおかしくないか?
ゲームのルールを変えてくれ!
変えないなら、壊す!
僕は『ダークナイト』の悪のカリスマ「ジョーカー」からそんなメッセージを読み取った。
歴代のジョーカーのイメージを踏襲した、行動予測の出来ない頭のイカレたサイコパスキャラとして徹底的に描かれているように見えるけど、サイコパスと無敵の人は全然違う。
サイコパスはゲームのルール内で悪知恵を働かせ、陰で悪事を働くけど、無敵の人は常に正々堂々だ。
無敵の人はゲームのルールを不服とし、正々堂々悪事を働いて社会の秩序を破壊しようとする。
社会的弱者である根本原因が愛着障害などであれば、この資本主義社会のルールでゲームに勝つのはほぼ不可能だろう。
そんな経緯で無敵の人になった人が起こす犯罪は、自分に愛情を示さなかった家族や社会に対する、求愛のパフォーマンスでもある。
しかしいかなる理由であろうと、法が禁じている行為は全て犯罪。
犯せば償いの義務と罰がある。
一般市民は法を守る事で、自分たちが善良であると信じている。
自分なりの善悪の基準や価値観があるわけではなく、法を守らない者=悪という単純な理解で勧善懲悪を肯定する。
だから警察や正義のヒーローが容赦なく悪を叩きのめしても、何の疑問も感じず、同情の余地すらない。
ジョーカーはそんな健全な社会と自分たちを善良だと信じている市民を憎んでいる。
ジョーカーが彼らにフェリーの難題を突きつけ、良心を試したのは、健全なつもりの自分自身や社会について疑いを抱かせるためだ。
この映画が危険だと言われるのは、鑑賞者がジョーカーをサイコパスと見るか、無敵の人と見るか?
その解釈が難しいからだろう。
ジョーカーを根源悪と見て、そのカリスマ性に心酔する熱狂的ファンもいる。
実際に続編の『ダークナイトライジング』公開時、ジョーカーの影響でカルト化した映画ファンによる銃乱射事件が起こってしまった。
僕は『ダークナイト』冒頭の襲撃シーンでピエロのマスクをぶら提げて佇むジョーカーの姿が、彼がサイコパスではなく無敵の人である事を色濃く物語っていたと思う。
まだ良心を持っている人間の深い絶望感と、これから自分が果たそうとしている望みが決して叶わない事を知っている徒労感。
そんなものを醸し出しているように見えた。
ジョーカーの望みはバットマンに扮するブルースとウェイン家、そしてゴッサムシティの市民が自分に愛情を示す事。
そのために最強の敵としてバットマンの正義の前に立ちはだかり、命がけで駄々を捏ねる。
映画『ダークナイト』のラストはバットマンとジョーカーの決着がつかない宙ぶらりんな状態で終わる。
続編の『ダークナイトライジング』でもジョーカーのその後はまったく描かれない。
それはなぜか?
あくまで僕の推測だけど、ジョーカーが出したフェリーの難題に対し、ゴッサムシティの市民と囚人たちがお互いに良心を見せ、見事にこの難題を解いたからだと思う。
ジョーカーはこの展開を予想していなかったし、期待もしていなかった。
自分が悪として存在する理由はなんだ?
ジョーカーがそんな動揺を一瞬見せ、バットマンに不意を突かれるシーンがある。
それで両者の決着はついたのだ。
ジョーカーが悪としてゴッサムシティに存在する理由はもうない。
町を出て隠遁したか、頭を打ちぬいて自殺した。
そんな顛末を僕は想像している。
一度無敵の人になったらもう後戻りはできない。
だから彼とバットマンの物語には続きがないのだ。
映画『ジョーカー』はそれを読み取れなかった人のための説明責任として作られたのかもしれない。
僕は劇場でそれを確認してきたけど、きっちり説明責任を果たした物語になっていると思う。
映画『ジョーカー』をもってしても彼らの境遇や心情が理解出来ないのであれば、今後ますます社会は無敵の人を生むヤバイ事態になるだろう。