哲学・思想 芸術

才能に起こる異変

投稿日:2019-12-16 更新日:

専門学校のクラスメイトに知的障害を持っている年上の人がいた。

人物、静物、風景などの写実的な描写だったらその人がクラスでダントツに上手かった。

実物そのものと変わらない立体感、重量感、透明感、空気感まで完全に描き切る。

障害を持って生まれて来た代わりに授かった特殊な才能か?」と感じさせるレベルだった。

僕が通っていた専門学校の造形美術科には美大を受からなかった理由で入学して来た人もいたので、彼のずば抜けた才能と実力は羨望の的であると同時に、嫉妬の感情を持つ人もいた。

僕も彼の才能には驚いたけど、僕自身は絵が上手いか下手かについてはあまり問題視していなかった。

専門学校時代にデッサンやスケッチの習作をして多少は上達したけど、絵が上手くなる事にあまり喜びを感じなかったし、僕にとってデッサンやスケッチの時間はただ退屈なものでしかなかったからだ。

練習はいいからもっと作品を創りたい。

そんな感じでいつも学校に通っていた。

絵の上達よりも自分が好きな画家の作品を真似て描いたり、自分で試行錯誤しながら描いていった中で独自の表現手段を獲得していく方が自分の性に合っていると常に思っていた。

ARTに関する知識についてもそうで、一応美術史などの授業も受けたけど、その時はあまり興味がなく、興味が出た時にまた学べばいいと思っていた。

みんな「芸術がやりたい、芸術家になりたい」と思った時点で、食っていく保障のない道に飛び込む覚悟くらいはしていたと思う。

就職先もほとんどなく、画家として成功するための明確なフローチャートもないような世界で、とにかく絵が描きたい。

僕はそれだけの理由で学校に入った。

だから僕は自分が自発的に興味や関心を示した事や、必要だと感じた時以外にしか学べない。

いつか役に立つかもしれないから学ぶ。

そういう姿勢では何も学ぶ事が出来ない。

必要性を感じていない状態で無理やり学ぼうとしても、確かなスキルや知識の習得には繋がらなかった。

だから知的障害のクラスメイトのように人より抜きん出たスキルは持っていないけど、必要に応じて手に入れた幾つかのスキルで自分らしいと思える作風の絵を描いていた。

知的障害のクラスメイトをリスペクトしつつ、僕は僕なりのスキルを磨いた。

そんな中、あれほど写実的描写においては他者の追随を許さなかったクラスメイトの絵が、ある日なぜかまるで変わってしまった。

石膏像のデッサンでは、顔の造形から身体の造形に至るまで、全てが歪になり、立体感、重量感、透明感、空気感まで見事に再現していた濃淡が全てただの黒一色になった。

彼は常に何か不満そうに絵を描いているような印象があって、それがついにここへ来て爆発した感じ。

突然起こった才能の異変にみんな驚いたけど、彼は何も気にせず、ただ無茶苦茶に描き殴っていた。

デッサンに限らず、油絵での作品制作も、あらゆる物体のフォルムが歪で、その色使いも混沌としていた。

理由はまったくわからない。

ただ彼が得意としていた写実的描写は彼の本分ではなかったのかもしれない。

彼はそれから写実的な絵をほとんど描かなくなった。

でも卓越したスキルとこれまで培って来た写実表現の高評価をすっぱりと捨てて、新しく生まれ変わったように絵を描く彼を見て「この人やっぱりスゴイな」と思った。

誰かが欲しいと思った才能を、いとも簡単に捨てる。

それも一つの才能なのだろうか?

彼はもうこれまでのような賞賛を浴びる事はないかもしれないけど、本当の才能を発揮してこれまでより良い作品を創るんだと思う。







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