哲学・思想 芸術

映画『地獄の黙示録』 戦争という体験によって明るみになるもの

投稿日:2020-02-17 更新日:

あらすじ

ジャングル奥地に自分の王国を築いた、カーツ大佐の暗殺を命じられるウィラード大尉。道中、様々なベトナム戦争の惨状を目の当たりにしながら、ウィラードは4人の部下と共に哨戒艇で川を上っていく……。

監督:フランシス・フォード・コッポラ

キャスト:マーロン・ブランド,マーティン・シーン

この映画について、いつか語りたいと思っていた。

名作として知れ渡ってはいるものの、大方の鑑賞者にとってこの映画の内容に関する理解は難しく、容易には語れない壁を感じさせる風格があると思う。

映画マニアや評論家を含め、この映画を語ろうとする人たちはみんなどこか野心的で、ヘタに語れば自分のセンスを疑われてしまうリスクを承知しているような気もする。

だから僕も無理を承知で語ってみる。

地獄の黙示録。原題は『Apocalypse Now』

辞書で「黙示」という言葉を調べてみると「隠されていたものが明らかにされる」という意味が出る。

原題である『Apocalypse Now』の直訳は「現代の黙示録」になるのだろうか?

僕はこの映画は戦争の悲惨さや狂気を風刺するものではなく、「戦争という体験によって明るみになるもの」を鑑賞者に示唆している映画なのではないか?と思った。

戦争という体験によって明るみになるものとは何か?

それは「紛れもない現実と、その実感」だと思う。

人は戦争という体験を通して、自分たちがこれまで過ごしていた社会が虚構である事に気付き、ただ現実を実感する。

コッポラ監督はその舞台としてベトナム戦争を選んだ。

祖国のため、家族のため、仲間のためなど、これまで健全な社会の日常の中で過ごして来た人たちを戦争に駆り出すには大義名分が必要だ。

しかし建物、人体、自然に至るあらゆる物質がいとも簡単に破壊され、消失するような戦場に身を置いた兵士は、常に死と隣り合わせにある状況の中で、普段は意識せずに抑圧している本能や潜在意識の存在をはっきりと自覚するようになる。

その体験によって人は、これまで自分たちが過ごしていた健全な社会が虚構の上に成り立っている事に気付く。

戦場には目の前に存在する物質が破壊される様相と、死の恐怖による生の実感だけがある。

それ以外に何もない。

野生の動物たちもおそらくそんな現実を生きていると思う。

虚構の上に成り立つ人間社会は、神話を土台にしたいくつもの物語や思想が折り重なった複雑な階層構造を持っており、国や社会という概念の中に、確かな現実と実感が隠れている。

恒久の平和を願い、繁栄と幸福を推奨して、死を完全に拒絶するように配慮された虚構の世界では、確かな生の実感を得るのは難しい。

戦争や震災などを体験した人がPTSD(心的外傷後ストレス障害)のような症状に苦しむのは、一度受け入れた確かな現実から、虚構の世界へ引き戻される事への拒絶反応があるからだろう。

戦争や震災で現実をしっかりと受け入れた人間は、虚構で成り立っている以前の世界では生の実感を感じる事が出来ないのだ。

死の恐怖による生の実感無き社会に復帰しても、うまく適応できなくなる。

カーツ大佐(マーロン・ブロンド)は戦争が突き付ける紛れもない現実の中でそれを悟り、以前のアメリカ社会に戻れない代わりに、ジャングルに暮らすモン族の虚構を受け入れ、そこに自分が理想とする王国を築いた。

カーツ大佐が虚構であるモン族の神話世界を現実として受け入れるためには、それを体現するための実践的行為を必要とする。

モン族の水牛に加え、人間という新たな生贄を神に捧げる事で、カーツ大佐は自分が理想とする王国の神話を体現し、狂気を孕んだ健全な社会を成立させようとした。

そしてカーツ大佐の暗殺を命じられたウィラード大尉(マーティン・シーン)も、以前のアメリカ社会には戻れなくなった人間の危うさを持っている。

彼がカーツ大佐にシンパシーを感じ、生贄の水牛のようにカーツ大佐を惨殺したのは、彼もまた自分の理想とする王国をそこに創ろうとしたからかもしれない。







-哲学・思想, 芸術
-, ,

執筆者:

関連記事

人間は、いまだサルである

僕たちは人間はいまだにサルだ。 この事を理解していないと、自分本来の人生を生きるのは難しい。 サルのような動物の群れには、力の強いものが力の弱いものを支配する「本能的構造」がある。 そしてこの本能的構 …

支配者のキモチ

THE ブルーハーツが「48億の個人的な憂鬱~♪地球がその重みに耐えかねてきしんでる~♪」って歌ってた時から何年経つだろうか? 48億どころか、今地球の人口は70億人くらいになった。 地球がその重みに …

無知無知ねるね

その場にいる全員が無知ゆえに起こる悲劇がある。 小学校の時、茶の間で妹と当時新発売のお菓子「ねるねるねるね」を作っていた。 昔懐かしいテレビCMで、眼鏡をかけた老婆の魔女が、「ヘッヘッヘッ、練れば練る …

迷子の大人にならないように

休日にカメラをぶら下げて大阪の街を歩いていたら、天王寺の駅ビルで迷子になっている老人を見かけた。 その老人は郵便局に行きたいらしく、近くにいたデパートの店員に道を尋ねていた。 ただ老人は何度店員の説明 …

大きな退屈の波がまた来た!

大阪に来て、今年で四年目か? また大きな退屈の波が来た。 それに合わせてタイミングよく派遣の契約が切れ、運良く思わぬ大金も入って来たので、これを機に何か新しい事をやってみる事にした。 前回の大きな退屈 …

祐喜代(sukekiyo)

PROFILE

PROFILE

祐喜代(SUKEKIYO)

大阪在住

社会に属しながら世捨て人として人生を謳歌するために、思索と創作表現などをしています。

ART、写真、小説を掲載しているHPはこちら↓

ART、写真、小説を掲載しているHPはこちら↓

嗤う狐の藝術

祐喜代『星空文庫』ページ

嗤う狐のYOUTUBEチャンネルはこちら↓

ネットSHOP

SUKEKIYOオリジナルアートSHOP

『AMS』はこちら↓

https://ams.base.shop/

 

スポンサーリンク