芸術

映画『火花』 燻る思い出

投稿日:2020-03-23 更新日:

あらすじ

徳永(菅田将暉)は、お笑いコンビ「スパークス」としてデビューを果たすものの、一向に売れる気配がなかった。ある日、営業に出掛けた熱海の花火大会で4歳年上の神谷(桐谷健太)と知り合う。徳永はお笑いコンビ「あほんだら」としてステージに立った神谷が見せた型破りな漫才に衝撃を受ける。そこで徳永が神谷に弟子入りを願い出ると……。

監督:板尾創路

キャスト:菅田将暉,桐谷健太

原作の小説を読んだ時、吉祥寺に住んでいた時の事を思い出した。

たぶん思い出したくて読んだんだろう。

漫才師ではないけど、僕にも徳永と神谷の関係性に似た物語があり、懐かしい吉祥寺の映像と記憶がオーバーラップする。

僕は小説家になろうと思って上京し、バイト先でプロの漫画家と出会った。

その漫画家は僕より2つくらい年上で、東京での暮らしが長く、つい最近上京して来たばかりで浮かれている僕を、はじめ鬱陶しそうな目で見ていた。

30歳で今更東京に来て、これから小説家を目指す。

この舐めた態度が気に入らなかったんだと思う。

僕は実際に舐めていた。

バイト先には俳優、バンドマン、芸術家、詩人など、夢を追っている人が他にもいた。

でもプロデビューしていたのは漫画家の先輩だけで、僕はプロの世界に興味を持ち、野暮ったいのを承知でその先輩と仲良くなろうと、いろいろ話しかけたりしていた。

「キミはいちいち野暮ったいヤツだなぁ」

会社の飲み会の席で呆れた顔をした先輩にはっきりそう言われたのを覚えている。

一応話してはくれるけど、僕が好きな映画とか小説は悉く否定され、僕がアドバイスを求めた小説のアイデアも、つまらない、凡庸だ、と切り捨てられた。

「僕はプロだけど、キミはアマだよ」

そんな感じで常に僕とは一線引いて付き合う人だった。

ただその漫画家の先輩も吉祥寺に住んでいたので、バイトが終わると電車でよく一緒に帰った。

先輩は会社では僕を野暮だの、アマだのと突き放すくせに、二人きりの時はわりと穏やかで、機嫌が良いとたまに飲みに連れて行ってくれた。

ある日、新宿のしょべん横丁にある焼き鳥屋に誘われ、先輩がそこでちばてつや賞を獲った時の貴重な話をしてくれた。

「ずっと不甲斐ない生活してたから、あの時は本当に嬉しかったね。人生が変わる瞬間ってこんな感じなんだって、めちゃめちゃ興奮したよ。でもそれを実家の家族に報告しても以外と素っ気ないリアクションでさ、浮かれているのは自分だけだった」

先輩と湿っぽい話をしながら飲む酒は妙に楽しくて、気付くと自分がまだアマである事の自覚がなくなっていた。

「でもプロになれたんだから、やっぱり凄いですよ」

「あ?お前に何が分かるの? アマで描いてた方がまだマシだったよ、プロになってからの方がむしろ地獄だぞっ」

そんなに酔ってはいなかったけど、先輩の機嫌がだんだん悪くなっていった。

でもアマ、アマ言われ続けるのが癪だったので、機嫌を取るつもりはなかった。

嫌われてもいいから、この際聞きたい事を根掘り葉掘り聞いてやろうと思った。

「先輩の漫画見せてくださいよっ。プロの漫画見せてくださいよっ」

「いくら頼んでもお前には見せない。お前に見せて、オレに何の得があるんだ?」

そうは言いつつ、先輩は自分のペンネームと賞を獲った時の作品の名前だけは教えてくれた。

「自分が手ごたえを感じた漫画では賞獲れなかったのに、自分がそれほどでもないって思った漫画が賞を獲るんだぜ。自分で思っているほど、自分が面白いと思っているものなんか当てにならないかもね。自信がなくても、お前も小説出来たらとりあえず応募してみろよ。ホント人生どうなるかわかんないからさ」

確かそんなアドバイスをしてもらったと思う。

「ただ言っとくけど、賞獲ってもゴールじゃないからな、賞獲ってからがスタートだ。お前はそこを履き違えてるし、完全に舐めてる」

いつもどこか孤独で覇気がない先輩から、その時火花が散った。

先輩は武蔵野美術大学を出てから、「漫画なら描ける」と思って、バイトしながらずっと漫画を描き続けていた。

神経をすり減らして描いた漫画が賞を獲って、今度はプロという厳しい世界で毎日神経をすり減らす。

先輩は週に3日だけバイトに来て、あとは家で漫画を描いていた。

プロになっても面白い漫画が書けなかったらプロになる前と何も変わらない。

同期でデビューした漫画家の連載が決まったり、テレビに出たりしているのを見るとすごく焦り、嫉妬の感情で居た堪れなくなるらしい。

「オレは欲しいものがあるとお金がなくても借金して買う。それで結構生活に困ったりするんだけど、不思議と漫画の依頼が来て、すぐに返せるくらいの額は稼げるんだ」

先輩はそんなプライドだけでなんとか立っている感じだった。

そして飲み代はいつも先輩が奢ってくれた。

だから僕から先輩を飲みに誘う事はしなかった。

僕はアマで先輩はプロ。

この線引きだけは守ろうと思った。

一度先輩が小学館に漫画の原稿を持ち込むところに付き合った事がある。

外で待っていたら、先輩が意気消沈しながら缶ビールを片手に戻って来て、「編集者の人からもらったから一緒に飲もう」と言った。

吉祥寺に帰る電車の中で先輩は梶井基次郎の『檸檬』を読んでいた。

僕は梶井基次郎の小説を読んだ事がなかった。

先輩が読むくらいだからきっと面白いに違いない。

僕も読もうかなと思ったけど、なんか野暮ったい気がしたので、意地でも梶井基次郎の小説は読まないと、その日決めた。

吉祥寺の駅前のラーメン屋で軽く飲み、また映画の話になったので、松田優作が出演している『家族ゲーム』の話をしたら、「あああれな、お前も観たのか。あれは確かに面白い。お前も少しはセンスあるじゃないか」と褒めてくれた。

先輩にそう言ってもらえたのがどれだけ嬉しかったか。

それですっかり調子に乗り、俄然やる気になって小説を書いた。

なんとか書き上げて太宰治賞に2回、オール読物新人賞に1回応募した。

結果は当然ながら落選。

僕の小説の何がダメなのか先輩に聞きたかったけど、バイトを辞めてから先輩には会わなくなっていた。

僕はアマで先輩はプロだ。

自分からは連絡を取らないと決めていたし、アマのままでは会わせる顔もないのでそれっきりだ。

僕がスタート地点に立つのにあと何年かかるんだろう?

あと何年どころか、何年経とうが入選する保障なんかない。

落選すれば自信がなくなるだけで、頑張っても徒労感しか残らなかった。

漫画家の先輩が言うように、たとえプロになれたとしても、その先にも地獄があるなら、何が楽しくて小説など書くんだろう?

それを考えたら怖くなった。

アマのうちだったらまだ諦めもつく。

そして僕は震災をきっかけに小説家になる事を諦めて地元に帰った。

やっぱり僕は舐めていたのだ。

僕は小説家になりたかったのではなく、ただ小説家っぽい事がしたくて東京にいたんだと思った。

そんな僕と同時期くらいに『火花』の原作者である又吉直樹も吉祥寺で暮らしていたのかと思うと感慨深い。

線香花火のような僕の火花に比べ、向こうの火花は激しくバチバチだ。

ただ揉み消した後もまだ微かに燻っているのか、僕は相変わらず調子に乗っていまだに小説を書いている。







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