先日家にゴキブリが出た。
流しのあたりをウロチョロして、僕に見つかるとすぐにサッと物陰に隠れていた。
僕はゴキブリを殺さない。
見た目は確かに気持ち悪いと思う。
この世界にゴキブリを好きな人はほとんどいない。
昆虫が好きすぎる人か、昆虫の研究をしている人くらいしか、まともにゴキブリの相手なんかしないだろう。
ゴキブリは小さな生き物を愛でて可愛がる女子にさえ、見つかればすぐに殺されてしまう哀れな生き物だ。
人種差別の問題より理不尽な気がするけど、誰もゴキブリの事なんか真剣に考えない。
生理的に無理。
それで終わり。
自分がもしゴキブリだったら生きていけないだろう。
「何でおまえはそんなに人に嫌われるんだろうね?」
物陰に隠れてジッとしているゴキブリにそう尋ねてみた。
もちろん言葉は通じない。
でも僕を見て隠れたという事は、僕の事を警戒していて、僕に恐怖心を抱いているという事だ。
ゴキブリにも感情がある。
感情があるならコミュニケーションが取れるはず。
「絶対に殺さないから大丈夫だよ」
しばらくそっとしておくと、ゴキブリが物陰から出て来てまた動き出した。
さっきより警戒心はなく、流しから出ると、行動範囲を広げていろんなところを這いずったりしていた。
「絶対に殺さない」
この態度がゴキブリに通じたのかもしれない。
僕が近づくと、ちょっと止まって様子を窺うけど、そそくさと隠れたりはしなくなった。
ゴキブリのように見た目が気持ち悪いという理由で蔑まれる人たちはいっぱいいる。
他人との関係が不安でどうしようもない人たちがいっぱいいる。
僕も時々人間関係がうまく行かずに悩んだりする。
僕はこれからそういう人たちから悩みを聞くカウンセリングの勉強をする。
自分の悩みも分析して解消する勉強をする。
だから非言語だけど、理不尽な理由でどうしても人に嫌われてしまうゴキブリなんかも思いやってみるのだ。
ゴキブリは人間が作った不衛生な環境を住処にしてしまう習性のせいで、不衛生な生き物であると、人間に認識されてしまった。
でもよく観察してみれば分かるけど、ゴキブリを放置した環境は、彼らのおかげで少しずつキレイになっていく。
不衛生な環境にある食べカスなんかを食らって生き延び、卵を産んで増えていくけど、蚊みたいに血を吸うとか、人間に害を与えるような事は何もしない。
不衛生な環境がキレイになったら、また新たな不衛生な環境を目指して自然といなくなる。
だから僕はゴキブリを殺さない。
流しをキレイにして、彼らが自発的にこの家を出ていく事を、ただ静かに見守ることにする。