その場にいる全員が無知ゆえに起こる悲劇がある。
小学校の時、茶の間で妹と当時新発売のお菓子「ねるねるねるね」を作っていた。
昔懐かしいテレビCMで、眼鏡をかけた老婆の魔女が、「ヘッヘッヘッ、練れば練るほど色が変わる!」と言いながら、謎の白い粉と水を混ぜて作る得体の知れないケミカルなお菓子。
「ねるねるねるね」のようなお菓子は当時珍しく、とにかく「新しいお菓子が出たぞ!」と妹と二人で買いに行き、原材料が何かまったく分からないまま、僕たちは化学実験をしているような気分ではしゃいでいた。
「一体何やって遊んでんだ、オメたちは?」
孫たちがはしゃぎながら、おかしな化学実験をしている茶の間に婆ちゃんが入って来て、僕たちが練っている得体の知れないドロドロの物が何のなのか?僕たちに尋ねた。
「ねるねるねるね!」
妹がプラスチックのスプーンを手に取り、婆ちゃんに向かってこれ見よがしに「ねるねるねるね」を一口掬って舐めて見せた。
「あっ、ダメだよっ!」
すると婆ちゃんが急に慌てた怒声を発して、妹のスプーンを取り上げた。
一瞬何が起こったのか分からず困惑していると、婆ちゃんがそのまま怒り出し、なぜか僕の顔面を思いっきりビンタした。
「お前またイタズラしたなっ!こんな物食べてダメだべっ!」
妹にいつもイタズラを仕掛けて遊んでいた僕の普段の行いが災いしたとも言えるけど、どうも年寄りの婆ちゃんは妹が食べた「ねるねるねるね」を孫息子が考案したイタズラだと認識したらしく、粉石鹸と絵具を混ぜて作った食べ物である疑いをかけられた。
「違う!これは、ねるねるねるっていうお菓子だよ」
「ねるねる……? そんなの聞いた事ねぇよ、婆ちゃんは!」
「テレビでやってる魔女のお菓子、練って食べる新しいお菓子だよ!」
婆ちゃんに必死で「ねるねるねるね」を説明するも、小学生の乏しい知識で「ねるねるねるね」を説明するのは難しい。
「ちょっと婆ちゃんも食ってみろ、ソーダ味だから!」
とにかく食べさせてみれば分かると思った。
「食わねっ、こんなもの食ったら腹壊すってば!」
有無を言わさずもう一発ビンタが飛んで来る。
パッケージを見せても、そのイメージは更に伝わらず、聞き慣れないケミカルな原材料をたどたどしく読み上げ、練れば練るほど婆ちゃんの疑念は深まるだけだった。
そして婆ちゃんは僕と妹から「ねるねるねるね」を取り上げると、容赦なくゴミ箱に捨てた。
婆ちゃんに理不尽なお叱りを受けたショックと、己の無知に打ちひしがれて為す術がない状況に泣いていると、婆ちゃんが僕の横で同じように泣いている妹の両足を持って逆さまにした。
「ほら、全部吐けっ!」
体に取って有害な物を取り込んだとして、妹が餅を喉に詰まらせた老人の如く逆さ吊りにされ、婆ちゃんに激しく背中をバンバン叩かれていた。
無知が極まった哀れな折檻。
僕は婆ちゃんの足にしがみ付いて「違う、違う!」と何度も叫んだが、「ねるねるねるね」とは何か?を婆ちゃんに示すのはやはり困難だったから、されるがままだった。
妹が泣き叫びながら「ウエッ、ウエッ」とえずいていた。
お昼に食べた冷やし中華だろうか?
逆さになった妹の口から胃の中でいろいろな具材がねるねるねるねされた物が一斉に噴き出した。
テーレッテレー♪
その様子を見て、僕の頭の中でCMで老婆の魔女が「ねるねるねるね」を一口食べた時に流れるBGMが鳴った。
販売元である「クラシエ」のホームページによると、「ねるねるねるね」はお子様の豊かな創造力を育む「知育菓子」と呼ばれるものであるらしい。
果たしてその説明であの無知な婆様が納得したどうかはわからないけど、婆様の豊かな創造力は無知な孫たちの生命維持のために発揮されたのだから、今となっては有難い思い出なのかもしれない。