乙女の祈り。
宮城県の松島にそう呼ばれる場所がある。
有名な心霊スポットで20代の時に一度行った事がある。
そこは近くにキャンプ場がある断崖の松林で、一本の松の木に、この断崖から飛び降り自殺した女子校生の遺書が彫ってある。
コノ時ヲモッテ乙ノ限界ヲ知ッタ
大自然二生キルイギヲ失ウ
乙ハ死ヲ持ッテ
コレヲ征服セネバナラナイ
昭和四六 二 一男
こんな内容の遺書で、解読すると呪われるという噂がある。
友達がその木を写真に撮って現像したら、その木の写真だけ真っ白で何も写っていなかったらしい。
失恋を苦に、交際していた男性に向けて彫った遺書だとか、レイプされた事を誰にも信用してもらえず、それを証明するために彫った遺書だとか、説がいろいろあって真相は定かではない。
ただ実際にこの場所を訪れてこの句を読んでみると、ここで死んだのは女性じゃなくて男性じゃないのかな?と感じた。
遺書の文面が硬く、女性っぽくないし、最後の「一男」という名前に関しても、交際相手というよりかは、本人のものだと考えた方がしっくり来る。
昭和46年。
僕が生まれる7年前。
遺書にあるこの年ってどんな年だったんだろう?
気になったので調べてみると、アポロ14号が月に着陸している。
NHK総合テレビが全番組カラーになり、民放では『仮面ライダー』の放映もはじまった。
この年の邦画ランキング一位は『男はつらいよ 寅次郎恋歌』で、洋画の一位は『ある愛の詩』。
環境のまったく異なった世界に育った男と女の愛の物語。
なんとなく、遺書から感じ取れる傷心に近いような内容の映画だと思った。
昭和46年はそういう恋愛が流行った時代だったんだろうか?
そういう時代の恋愛に限界を感じた男の人の遺書なのだろうか?
その日は友達と友達の彼女と三人で行ったんだけど、満月がとても綺麗な夜で、「死ぬならこういう夜かもね」と、三人でしんみり話した思い出がある。
懐中電灯は必要なく、月の明りだけで松島の絶景がよく見えた。
松の木で首を吊ったという人もいるけど、海面に映っている満月に吸い込まれて飛び込んだのかもしれない。
噂ほど怖い印象の場所ではなく、僕にはただそういう吸引力がある綺麗で寂しい場所だった。
三人でタバコを木にお供えして、手を合わせて帰った。
もうその松の木は伐採されて、今はもうないようだ。