哲学・思想

一番古い孤独と母親との記憶

投稿日:2020-10-15 更新日:

僕が抱えている慢性的な孤独癖と厭世観は、何が原因なのか?

それが知りたくて、愛着障害に関する本を読み漁っているうちに、幼少期の母親との関係が引っかかって来たので、一番古い孤独の記憶を思い出して振り返ってみた。

愛着診断のテストによると、僕は『恐れ・回避型愛着スタイル』に該当する。

恐れ・回避型愛着スタイル』は、親しくなりたいけど、接近すると、拒否されるのではないか、という恐怖心が芽生え、近寄りたいけど、近寄れないジレンマを抱えている。

寂しさや退屈を感じつつ、一人でいる方が精神的に楽なので、孤独に甘んじて、社会から隠遁したような生活をしている。

愛着の問題は、過去の親などとの関係を反映したもので、幼い頃の体験の影響が強いと言われている。

両親の離婚、死別、虐待などの要因で、母親との愛着関係に傷が生じ、子供がそれに適応するために、生存戦略としてそれぞれのスタイルを身に着ける。

僕は生まれてすぐに心臓疾患が発覚したので、緊急手術をしてからそのまま大学病院に入院した。

何歳くらいまで入院していたのかは定かではないけど、同じ疾患の子供たちを集めた病棟に入り、長期間そこで一緒に生活していた。

両親共にいくらか支配的な人ではあったけど、離婚や虐待はなかったので、おそらくこの入院生活で長期間母親から引き離された事によって、僕と母親の愛着関係に支障が出たのだと思う。

僕の実家から大学病院までは距離が遠く、両親は忙しい合間を縫って、週に何度か電車で僕に会いに来た。

僕以外の子供たちは母親が病院に泊まり込みで面倒を見たりしていたので、僕一人だけ母親がいない日なんかひどく寂しかった。

病院の廊下の窓から、泣きながら夜景を眺めていた記憶が確かにある。

電車で帰っていく母親の姿をその夜景の中に探していたのだと思う。

そんな夜は癇癪を起して、隣のベッドに寝ている子供の腕を噛んで泣かせたりしていたらしい。

母親の愛情をあてには出来ない寂しさに耐えるため、僕は早くから孤独に慣れる必要があったのだ。

もちろん母親の事は嫌いではないけど、母親との二人だけの思い出を何か思い出そうとしても、なぜかあまり出て来ない。

僕は母親よりも祖母によく懐いていたので、祖母との思い出はたくさんある。

何か困った事がある時も、僕はまず祖母に相談して、次に父親に相談する事が多かった。

母親に相談する事はあまりなく、相談しても母親が何か解決してくれる事を期待した事はなかったと思う。

でも祖父も祖母も父親も亡くなって、頼れる肉親が母親だけになってみると、母親の存在がいかに大きいか分かる。

母親は陽気な家系に生まれた陽気な人で、いつもニコニコしていて、とにかく体が丈夫だ。

僕は母親が病気で寝込んでいる姿を一度も見たことがない。

誰よりも早く起きて家事をこなし、祖母が生きている頃は、一緒に実家のラーメン屋を切り盛りしていた。

母親は自我など存在していないかのように、とにかく家族のために献身的な人生を送って来た。

それが苦だと誰かに漏らした事もなく、淡々と母親の役割を全うしている。

兄夫婦が実家を継いでからも、縁の下の力持ちで、常に家族を支えている。

実家の母親から電話がかかって来ても、何かいつも言葉が詰まって数十秒程度の短い会話しか出来ないけど、母親には本当に感謝しているし、長生きして欲しい。

そしてその度に母親との思い出をもっと思い出さないといけないと思う。

母親にしてもらって嬉しかった事。

母親と一緒に過ごして楽しかった事。

真剣に思い出して取り戻す必要がある。

果物を剥いてもらって、一緒によくテレビを観たりした。

母親はお寿司が好きで、外食に行くと「お寿司が食べたい」とよく言っていた。

二人で歯医者に行った時、帰りに喫茶店に入って、家族と一緒の時は食べないプリンアラモードを照れくさそうに注文していた事もあった。

実家の前で、酒を飲んでフラフラになって倒れた酔っ払いを看病したりする親切なところもある。

友達が家に遊びに来ると、いつもラーメンを作って食べさせてくれたりもした。

僕が実家を離れるまで、年に一度、春休みの時期に大学病院に検診に行った。

その時は家族みんなで行って、検診後に小旅行するイベントみたいになっていた。

心電図、超音波、レントゲン、問診など。

半日くらいかかる僕の検診を待つ間、他のみんなは退屈して病院内をぶらぶらしたりしていたけど、母親だけは一緒に検診に付き合ってくれた。

きちんと思い出せば、母親との思い出もたくさんある。

料理中におどけて、よく死んだふりをしている事もあったけど、あれは一体何だったんだろう?

そういう茶目っ気もある人だから、たとえ僕に実感がなくても、僕は間違いなく母親にも愛されていたはずだ。

もう70くらいの年齢になるので、母親とも後何年会えるかわからない。

今年の冬も出来れば実家に帰って、のんびり家族団らんしたい。







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