哲学・思想 芸術

映画『怒り』 同情や共感をしてはいけない人

投稿日:2020-11-07 更新日:

あらすじ

八王子で起きた凄惨(せいさん)な殺人事件の現場には「怒」の血文字が残され、事件から1年が経過しても未解決のままだった。洋平(渡辺謙)と娘の愛子(宮崎あおい)が暮らす千葉の漁港で田代(松山ケンイチ)と名乗る青年が働き始め、やがて彼は愛子と恋仲になる。洋平は娘の幸せを願うも前歴不詳の田代の素性に不安を抱いていた折り、ニュースで報じられる八王子の殺人事件の続報に目が留まり……。

監督:李相日

原作:吉田修一

キャスト:渡辺謙 宮崎あおい 妻夫木聡 森山未來 松山ケンイチ 綾野剛

アマゾンprimeで再視聴した。

一度目は諏訪之瀬島へ行くフェリーを待つ間、鹿児島の映画館で観た。

千葉、東京、沖縄にいる素性の分からない三人の男。

この中の誰が八王子殺人事件の犯人「山神」なのか?

映画の予告の段階で、僕は沖縄にいる田中が犯人ではないか?となんとなく思っていた。

映画を観ている僕自身が、その時世間的には素性の分からないバックパッカーだった。

バックパッカーと言えば、自由を謳歌している旅人みたいで聞こえはいいが、内実は世間が煩わしくてドロップアウトしているだけだった。

諏訪之瀬島は田中が潜伏していたような無人島ではないけど、必要最低限の慎ましい暮らしがあるばかりの静かな島で、世間の煩わしさから距離を置くのに都合の良い島だった。

この島にはかつてヒッピーのコミューンがあったらしく、国内外からヒッピーたちが集まる聖地になっていたようだ。

僕はその名残のようなものを求めて、あわよくばこの島で自給自足の生活が出来ればいいのに、と思っていた。

ナッツ缶と水だけ持ってキャンプ場にテントを張り、二週間くらい生活した。

瞑想と読書以外、ほとんど何もせず、ただ孤独な時間を過ごした。

誰にも理解してもらえないような事している時、僕の心は喜々としていて、自分を高尚な人間だと思い込んで、文明社会に依存しないと生きていけないような人たちを心底見下している。

文明社会に依存して生活している時、僕の心の中には文明社会に見下されているような怒りが常にあった。

感情には順序があって、怒りの前に恐怖がある。

文明社会に見下されているような怒りは、文明社会に見捨てられる恐怖を撥ね退けるために沸き上がった感情だと思う。

怒りを覚える事で強がり、逆に文明社会を見下そうとしていたのだ。

僕がドロップアウトした行動原理には、そういう怒りの感情があった。

田中が他人を見下したり、犯罪に手を染めてしまった行動原理にも僕以上の「怒り」があったんだと思う。

千葉、東京、沖縄の三人の中で、唯一田中だけが誰にも理解されず救われなかった。

誰にも理解されなくていい、救われなくていい。

そう覚悟を決めた人間に寄せる同情や共感ほど、辛辣で侮辱的なものはないのかもしれない。

自分に対するあらゆる好意的な感情を全て諦めないと生きていけない人間がいる。

本当は喉から手が出るくらい欲しいものだけど、求めて得られなければ渇きが増す。

母親に愛されない原罪を背負い、世界から祝福されなかった者がずっと封印している願望。

そうなってしまった田中の生い立ちや経緯は一切語られない。

荒れた暮らしと僅かな証言だけがある。

でも千葉と東京の二人が抱えている秘密がそれを代弁しているような気もした。

女性が殺され、女性が風俗堕ちして、女性がレイプされ、女性が病死する。

女性にとって過酷な描写が作中に多いのは、母親に愛されない男性の復讐心の暗喩だったりもするんだろうか?

田中は殺した女性を本気で生き返らせようとしていた。

動機はわからない。

動機はわからないけど、やはり封印していた願望を切実に求めてしまったのだろう。

劇場ですすり泣く観客たちの気持ちのほとんどは不幸な目に遭った者、被害に遭った者たちに寄せられたもので、田中の「怒り」に同情したり共感するものではない。

そんな人は誰一人いなかったと思う。

最低な人間なのだから居ていいはずがない。

僕はそんな田中の「怒り」に同情したり共感するのが怖かったから、田中が犯人でなければ良いのにと思ったのだ。







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