エッセイ 哲学・思想

世界が急に静かになった

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SNSやめたら、オリンピックに熱狂する人も発狂する人もいなくなった。

コロナ騒動もワクチン騒動もなくなった。

事件や事故も特にない。

右翼も左翼もいない。

陰謀論を囁く人も正論を怒鳴る人もいない。

見知らぬ他人から個人的意見の違いで人格否定されたり、神経を疑われる事もなくなった。

個人の何かに対する悲鳴、期待、憤り、嘲り、冷笑、祈り、励ましなどの声が全部消えた。

SNSを閉じて現実としか向き合っていない時の世界は、ただ静かで穏やかだ。

大阪の暑い夏だけがある感じ。

僕の頭は常に考え事をしているから、雑多な情報を取り込みすぎると、忙しくて騒がしくなる。

だからテレビを観る習慣も10年以上やめている。

ゲーム用に1台あるだけ。

テレビを観る習慣をやめて一週間くらいは世間に取り残されたような気分で落ち着かなかった。

テレビを観ていると世間と繋がっている感じがして、部屋で一人でいても寂しさをあまり感じない。

正確に言えばテレビを観ている間は寂しさから逃れられるんだろう。

テレビを観ないと誰かと会話する時、共通の話題が減る。

最新のニュースが入って来ないから、世の中の出来事や流行り物が何かわからない。

みんなが僕の知らないワードを口にしたりして、「それなんですか?」って聞くと、「え、テレビ見てないの!?」と驚かれる。

日常会話のネタをテレビに頼っているところがあったから、テレビを観なくなるとコミュニケーションを取る機会や意欲もなくなって来る。

小さい頃から家にテレビがあって、父親に口酸っぱく「ニュースを見ろ」と言われて来たから、世の中の大半の事はテレビで知った。

僕にとってテレビのニュースは見なければいけないもので、ニュースを見て世の中の出来事を知らないと、世間から取り残されて不利益を被ると思っていた。

でも実際観るのをやめても全然そんな事はなくて、むしろ世間の事が気にならなくなって、個人的にはテレビを観る前より毎日が穏やかになった気がする。

ただ従兄弟の薦めでパソコンを買ってネットを繋いでから、今度はネットの世界に溢れている情報に夢中になった。

テレビほど依存しているつもりはなかったけど、YouTubeやSNSを利用する時間が長くなり、そこから得た情報で常に頭が忙しくて騒がしかった。

テレビやネットを観ていると、自分に必要か有益かに関係なく、どんどん雑多な情報が入って来て、欲しい情報の精査が追い付かなくなる。

僕の頭の中を例えたらパソコンのソフトを一度にたくさん開いた状態で、分類していないファイルから必要なデータを探そうとしている感じかもしれない。

そして脳の処理能力が遅れてフリーズし、精神的にぐったりして、シャットダウンを余儀なくされる。

ネットは気になるYouTubeチャンネルとブログぐらいしか見ていない。

あとの時間は読書と映画鑑賞をしている。

特にこれまでのライフスタイルと変わらないけど、SNSに気を取られる時間が減ったから、集中力が増して来た。

良い傾向だと思う。

それでもスマホは手放せない。

やっぱり常に肌身離さず持っていないと不安だ。

この記事もスマホで書いている。

スマホなんかなかった時代から生きているのに、なくなったら生きていけない気がする。

とにかく今日も世界は穏やかで、入道雲がカッコいい暑い夏の一日だった。

いつも読んでくれてありがとう。







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