哲学・思想 芸術

映画『脳男』殺人者に至る経緯

投稿日:2021-08-15 更新日:

あらすじ

都内近郊で無差別連続爆破事件が発生し、犯行には舌を切り取られた女性の全身に爆弾を巻きつけた「人間爆弾」が使われていた。正義感の強い刑事の茶屋は犯人・緑川のアジトを突き止めるが、確保できたのは身元不明の男・鈴木一郎のみ。共犯とみなされた一郎は、その犯行手口の異常さから精神鑑定を受けることになり、担当の脳神経外科医・鷲谷は、一切の感情を表に出さない一郎に興味を抱く。やがて一郎は本庁に移送されることになるが、その途中で緑川が護送車を襲撃。緑川と一郎は逃走してしまう。

監督:瀧本智行 

キャスト:生田斗真、松雪泰子

失感情症。

自分の感情(情動)への気づきや、その感情の言語化の障害。

この映画に登場する「脳男」と呼ばれる殺人者には感情がなく、それに伴って自分の意思というものもない。

第三者が彼に生きるための行動訓練を施して指示を与えないと、食事や排泄行為すら自分の意思で行わない状態で、放っておくと人形やロボットのようにただジッとしている。

あくまでフィクションなので、「脳男」の人物像と彼が抱える失感情症の特徴についてはかなり誇張されたものであると思うけど、幼い頃に両親と死別した事が要因で形成された特殊な愛着スタイルのケースだろう。

「脳男」に感情や意思はないけど、彼は一度見聞きしただけで、あらゆるものを記憶してしまう天才的な能力と並外れた身体能力を持っている。

脳のような機能しか持っていない存在だから「脳男」。

ネタバレになるので、彼が殺人者になる経緯についてはここでは触れない。

ただ愛着障害を持つ人たちが、その生きづらさに堪えかねた時、世を恨んで犯罪行為に手を染めてしまう事件が増えて来た。

秋葉原通り魔事件。
池袋通り魔事件。
柏市連続通り魔殺傷事件。
川崎市登り戸通り魔事件。
大阪個室ビデオ店放火事件。
大阪心斎橋通り魔殺人事件。
付属池田小事件。
京アニ放火殺人事件。

つい最近では小田急線電車内で10人を殺傷する事件も起きた。

いずれも無差別に大量殺人を企てた事件のケースだけど、挙げるときりがない。

明治に起きた河内十人斬り、昭和の津山三十人殺しも愛着障害の生きづらさが引き起こしてしまったものだと思う。

「愛着障害」が知られて来たのは最近だけど、愛着の問題自体は昔からあった。

昔は抗生物質がなかったから、愛着障害に陥って免疫力がない子供は病弱で生存率が低く、大人になってからの生きづらさはあまり問題にされなかった。

物質的に豊かな社会になり、昔より子供の生存率が上がり、個人の生存が容易くなった時代だからこそ愛着による生きづらさの問題が浮き彫りになって来た。

安定した愛着を形成するための臨界期は二つあり、一つは生後6ヶ月から一年半。

もう一つは生まれてからの数時間だ。

この臨界期を逃すと、それ以降に安定した愛着を形成するのが難しくなる。

虐待、ネグレクト、親との死別、離婚、養育者の交代などの環境で育った子供は、愛着障害に陥るリスクが高く、愛情不足から発達障害、精神障害、体調不良などの生きづらさを抱えて生きていく事になる。

子供の頃は自分の感情がよくわからないまま、まだその生きづらさの兆候に気付かないかもしれないけど、思春期くらいから、徐々にその生きづらさを自覚し始める。

愛されなかった人の世界観は暗く不安定で、本人のせいではなくても、親に愛されなかった事に罪の意識を感じていたりする。

自分が良い子でいなかったから

親の期待に応えなかったから

人は無条件に愛してもらえなかったら、他人にもこの世界にも愛情を感じる事が出来ず、不信感を持つ。

そのまま改善の余地なく大人になって社会に出れば、ほとんどの事がうまくいかなくなるだろう。

それでも親から自立して生きていくのが大人なのだから、うまくいかなくても個人の努力でなんとかするしかない。

信頼出来る他者の支援を得られる人は、人生がどんなに困難でも腐らずにやっていけるかもしれないけど、信頼出来る他者がほとんどいない人の人生は脆い。

その孤独感や絶望感が耐え難いものになれば、自分の人生も他人の人生もどうでもよくなり、自殺するか、自分一人だけが不幸に見えてしまうこの世界を道連れにして、心中したくもなるだろう。

それが大量殺人を起こしてしまう人の心理だと思う。

あらゆる感情がなく、自分の意思もない「脳男」のような殺人者がもし本当にいるとしたら、彼に罪の意識や他者への思い遣りを誰がどうやって教える事が出来るのだろうか?

感情があって意思がある僕には、彼が見ている世界がどのようなものなのか、まったく想像出来なかった。

でも精神科医やカウンセラーなどの職業についている人たちは、相手がどんな人格でどんな精神状態であろうと、仕事を依頼されれば、その相手と向き合って理解し、必要ならばケアしないといけない。

そしてその相手を理解する事が出来て、改心させる有効な手段が見つかれば、社会にもその背景と知識と技術を伝えて共有してもらう必要があると思う。

世間一般から見て異質な者、理解出来ない者、異常な者は社会にとって害にしかならないから、そういう特殊な犯罪者は即刻死刑にして排除すべきみたいな風潮が罷り通れば、社会はそういう犯罪者を生み続け、敗北するような気がする。

だから僕は「脳男」ような人間についても理解したい。

分からない事だらけだけど、自分の事、他人の事についてもっと理解したい。

人間を深く理解したい。

そういう意味でこの映画はとても興味深かった。

いつも読んでくれてありがとう。







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