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マンガ『僕とフリオと校庭で』観念と実存の狭間で揺れる

投稿日:2018-06-26 更新日:

ネットの動画で「幽霊はいる? いない?」をテーマに論争しているの番組を観た。

過去何度もやって来た論争だと思うけど、僕はこのテーマに関して今後何年経っても決着がつかないだろうな、と思っている。

僕の祖母は生前「幽霊を見た事がある」と言っていた。

親戚や親しい人が亡くなると、その何日か前に祖母の枕元にその人が現れてお別れを言ったとか、葬式の場で、誰もいないはずの部屋から誰かの足音がしたり、亡くなった人の話し声が聞こえてきたとか、そんな体験がよくあったらしい。

僕の父親の方はUFOを見た事があり、同僚と飲んで家まで歩いている時に、山の陰から光る物体が現れたとか、夏の夜に家の前に椅子を出して涼んでいると、星だと思っていたものが急降下してきて急に止まったとか、そんなものを何度か目撃したらしい。

祖母も父親もあまり冗談を言わない真面目なタイプの人間なので僕は二人の話を信じている。

その影響でか、僕は小さい頃から幽霊とかUFOなどのオカルト的なものにハマってしまい、関連する本とかテレビ番組をいろいろ見たり聞いたりしていた。

実際に心霊スポットやUFOスポットに行ってみたりもした。

その結果、幽霊は見た事ないけど、UFOに関しては僕自身も2回ほど見た事がある。

一度目は警備員をやっていた時に、夕暮れの駅前で、なんとなく空を見たら、銀色の円柱型をした物体が回転しながら同じ位置にぼんやりと浮いていた。

上空に停滞出来るヘリコプターでもドローンでもなかった。

それらとは明らかに形状が違い、なおかつ高度や動きにも不可解な点が多かった。

文字通りの未確認飛行物体という意味で僕はそれがUFOだと思った。

2回目の時は知り合いの女子と神戸の美術館に行った帰りの電車の中で、夕暮れの雲の切れ間にジグザグに動く光の物体を僕だけ見た。

あれは一体なんなのか?

確かに見たけど、それは僕の観念(あるものについていだく意識内容)が見せたのか?

それとも実際にそこにUFOのような物体がいたのか?

僕がこの問題に決着をつけるのは難しい。

上空に浮かんでいたのが観念の産物にしろ実存にしろ、僕がUFOを見れるようになったきっかけは、たぶん長野県の皆神山と奈良県の大三輪山の山頂で“超古代文明の痕跡と思われるものを確認した”からだと思う。

僕はこの確認作業を通してUFOの存在の是非を半信半疑から「絶対にいる!」に肯定する事が出来た。

それ以前まではいくら空を見上げてもUFOを見る事が出来なかった。

だから僕は幽霊もUFOも「いる」と思える自分なりの証拠を見つけた時にはじめて目の前に現れる存在だと思っている。

観念と実存の狭間で揺れる、観測可能な曖昧な存在。

見えたからといって実存するとは限らないけど、見てしまったからには否定も出来ない。

諸星大二郎の短編漫画『僕とフリオと校庭で

この物語の感覚と似たような感覚が僕にもある。

幽霊も「いる」と思える自分なりの根拠を見つける事が出来ればきっと「見える」ようになるだろう。

結局のところこの世界は自分の信じたもので成り立っている、というのが僕の見解だ。

だからこの世にある物、事で、ないがしろにしていい物、事は一つもない。

僕が観測した以上、そこには“何か”があるし、いる。







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