哲学・思想 芸術

日常空間で死ぬようなものはARTではない

投稿日:2019-08-30 更新日:

僕はARTに関してあまり教養がない。

僕は創作する喜びを得たくてARTをやっているだけなので、自分の作品にも他人の作品にもあまり興味がない。

たまに美術館や個展を観に行ったりするけど、わけのわからない絵や造形を観ても退屈するだけで、正直ほとんどの作品に対して感動する事がない。

それはあなたに芸術の教養とセンスがないから感動出来ないだけなんじゃないの?

そうかもしれない。

でも鑑賞する側にそれを押し付けるのは芸術家のわがままだろう。

そんな言い分は裸の王様で、一般の人の方がARTに対してはすごく正直だ。

面白い物が見たい!

そういう気持ちで時間とお金を割いて観に来ている。

教養やセンスがないからARTを楽しめないという理屈を通せば、一般の人はそのの高飛車な態度に嫌気が差して、みんなARTに興味を失うだろう。

ARTが高尚な顔でいられるのは、美術館やギャラリーみたいな作品鑑賞だけを目的とした非日常的な空間だけだ。

一歩そこから出れば、ほとんどのART作品は日常の隅に追いやられて死ぬ。

公園、駅の構内、会社のロビー……。

そこにある絵画やオブジェをじっくりと眺めて感動している人など見たことがあるだろうか?

ほとんど無用の長物として素通りされるか、時には障害物として避けられているのが実際のところだと思う。

日本には理解者がいないから評価されない

日本はアート後進国だ

そうやって一般の人のARTに対する本音の評価を無視して、素直になれない芸術家たちが、ARTに寛容な海外に逃亡して活動する。

そして海外で評価されて日本に帰って来たら、途端にドヤ顔で自分のART作品がいかに価値あるものかを、これ見よがしに披露する。

日本はアート後進国?

とんでもない。

土器にはじまり、建築、仏像など、日本はずっと昔から世界に誇れる高い芸術性を日常の中で発揮して来た。

僕が尊敬する芸術家の岡本太郎さんは、芸術は公共の場にこそあるべきだと言っていた。

『太陽の塔』

『明日への神話』

『若い時計台』

『子どもの樹』

いずれの作品も全部その主張どおり、美術館やギャラリーなどの非日常的な空間ではなく、誰にでも開かれた公共の場にある。

多くの芸術家の作品が日常空間では死んでいるような状況にあって、岡本太郎さんの作品だけはいつも力強く輝いていた。

岡本太郎さんの作品には理屈を必要としない感動が確かにある。

だから岡本太郎さんの作品に触れた人はみんな本音で自分の感性と向き合うことが出来る。

子ども、大人、男女の差別はそこにない。

ARTはみんなのもの。

美術館やギャラリーのような非日常的な空間に引き籠らないと見てもらえないようなら、ARTは社会にとって無価値なものとして、もっと笑われ、蔑まれた方がいい。

芸術家もついでに社会的に無価値な人間として笑われ、蔑まれた方がいい。

褒められればもちろん嬉しいけど、無関心、批判もそれが本音なら僕は同じくらい嬉しい。

一般の人の方がARTに対して誠実な評価をくれる。

だから僕はこれからも創りたい。

高尚な顔して素直になれない卑屈な芸術家たちを笑いながら、のびのびとこれからも自分の作品を創って発信する。







-哲学・思想, 芸術

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