哲学・思想

社会に従属してしまうマインドセット

投稿日:2019-09-01 更新日:

子ども頃、僕の生活サイクルは親の生活サイクルに合わせて決まった。

自分ではまだ何も選べないから、着る服も食べる物も行く場所もほとんど両親が決めた。

やっていい事とやってはいけない事も両親が決めた。

僕が主体的に何かを決められるのは、

どのおもちゃで遊ぶか?

公園で何をして遊ぶか?

誰と遊ぶか?

どのクレヨンを使って何の絵を描くか?

それくらいしかなかったと思う。

保育園に入ると、今度は保育園の方針が僕の生活サイクルの大半を決めるようになった。

保育園に間に合う時間に起きて、朝ご飯を食べて、保育園の制服を着て、保育園へ行く。

保育園が決めた歌を歌い、保育園が決めた踊りや体操をする。

保育園が決めたコースを散歩して、保育園が決めた昼ご飯を食べて、お昼寝をした。

僕はお昼寝が出来なかったのでよく罰を受けた。

保育園でも僕が主体的に決められるのは、

どのおもちゃで遊ぶか?

誰と遊ぶか?

どのクレヨンを使って何の絵を描くか?

それくらいしかなかったけど、それさえも保育園が指定してくる時があった。

小学校、中学校、高校に入ってからも同様。

年齢が上がる毎に、家族、学校、世間が決めた教育のルールや慣習に従ってどんどん指定が細かくなった。

趣味趣向くらいは自分で決められるけど、気づくと世間体を気にした制約が自分の中に出来ていた。

家族も学校も世間もいろいろ細かく指定しつつ、一方で「主体性のある子の育成を目指す」だとか、「積極的に物事に取り組む子を応援する」などの教育方針を掲げているから、わけがわからなかった。

学力、運動能力、生活態度などの項目で僕らを採点し、人間としての社会的な優劣をつけておきながら、「みんなと仲良く、友情を育め」みたいな事も平気で教える。

でも現実的に起こった事は、力の格差、気質、趣味趣向の相違などで生じた教室内の派閥と、その派閥が持つヒエラルキーの支配構造に翻弄される毎日だ。

本音では誰とでも仲良く友情を育む事など不可能だと理解しながら、僕は自分を偽って、みんなとうまく共存しているフリをしてきた。

みんなもそうだったと思う。

家族や学校や世間がどれだけ道徳を説いても、イジメという現象はどの学校でも発生していて、それは過去も現在も変わらず続いている。

本質的な事に気づいている人たちは、家族や学校や世間が教える常識や正しさみたいなものにずっと不信感を抱いていたはずだ。

僕はその不信感をどうしても拭えなかったので、みんなと共存するフリをしながら、本当の自分を殻に閉じ込めてずっと守って来た。

人はどこかに所属して、その所属先に依存すると、自分の生活サイクル、趣味趣向、倫理観、道徳観、幸福観、将来の目標設定といったものまで、その所属先の方針や意図によって決められてしまう。

成人して社会に出ればありとあらゆる事が自由に選択出来るようになってはいるが、それまでにすっかり飼いならされてしまい、自分で自由に選択する意志を持たなくなってしまっている。

親が決めた事、学校が決めた事、世間が決めた事をベースに、気付くと僕たち個人は社会が個人に望むレールの上を歩いている。

この国が作った社会の有益なリソースとなるための教育を受け、社会に奉仕するロボットとして自分の人生を歩んでいる。

僕が殻に閉じこめて守って来た“もう一人の自分は常にそれを拒否して来た。

自分の生きたいように生きるのが人生。

もう一人の自分は常にそう思っている。

この国の憲法はそんな僕みたいな人間にも基本的人権を与えてくれて、それを尊重しなければならないと謳っている。

しかし僕たち人間が人間らしい生活をするには、「教育の義務」「勤労の義務」「納税の義務」を果たさなければならない。

その義務を果たせないと僕たちは「この国であなたの人権は無い等しいですよ」と思い込まなければいけなくなる。

僕たちはこの国の有益なリソースになるために、知らず知らずのうちに社会に従属するマインドセットを施されて来た。

そのマインドセットのせいで教育の義務、勤労の義務、納税の義務を果たすために、人間らしい生活とは言えない状況に追い込まれている人たちがたくさんいる。

基本的人権の尊重を歌う憲法の下で、人間らしい生活が出来ない人間がたくさんいるのだ。

教育の義務を果たした僕たちはいつからかもう人間ではなく、自分の意志を持たないロボットとして扱われている。

キミたちは意志がないロボットだ

ロボットが人間らしい生活をする理由がどこにある?

ロボットは人間じゃないから、当然人権もない。

そんな考えを持つ人たちがブラック企業を生み出して、意志を持たない人たちを扱き使う。

でも人は誰しも人間らしい暮らしをして、自分らしい人生を送りたいと思っている。

だから義務を果たすべきは、教育でも勤労でも納税でもなく、自分の人生、幸福についてだと思う。

5Gの通信技術が社会基盤になれば、人間が自分で選択出来る事はどんどんなくなるだろう。

ビッグデータを持ったAIが演算するアルゴリズムに従って、今以上にコントロールされる時代が来る。

そんな時代に向け、僕たちは自由意志を信じて「自分の人生をどう生きるか?」に義務を負うべきだと思う。

偽りのない自分でこれからも社会と向き合う。

容易ではないけど、自分の価値を自分で示して、AIに有益である事を証明しないと、来たるべき社会の恩恵を享受出来なくなるかもしれない。







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祐喜代(SUKEKIYO)

大阪在住

社会に属しながら世捨て人として人生を謳歌するために、思索と創作表現などをしています。

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