あらすじ
半地下住宅に住むキム一家は全員失業中で、日々の暮らしに困窮していた。ある日、たまたま長男のギウ(チェ・ウシク)が家庭教師の面接のため、IT企業のCEOを務めるパク氏の豪邸を訪ね、兄に続いて妹のギジョン(パク・ソダム)もその家に足を踏み入れる。
監督:ポン・ジュノ
キャスト:ソン・ガンホ,イ・ソンギュン
『アンネの日記』の韓国版。
そんな物語を想像しながら観た。
脱北とか借金とか、世間に何か脅威を抱えている家族の貧しい地下生活。
親戚か、見ず知らずの他人の家にこっそり寄生して、戦争で疎開して来たような気詰まりと息苦しさがあるような暮らし。
その中でこの家族がどう生きるのか?
そんな映画だと思っていた。
僕は韓国という国が抱えている格差社会の現実をあまり知らない。
でもそれは程度の差こそあれ、どこの国も抱えている問題だと思う。
僕は人の暮らしに格差がある事に関しては全然問題視していなくて、底辺にいる人たちの暮らしが最低限不自由なく生きていけるレベルまで底上げされればそれでいいと思っている。
小さくても衛生的で快適なインフラがある家と、朝、昼、晩の食事に事欠かない経済事情。
ベーシックインカム(最低限所得保障)などの政策を通して、国が全ての国民に対してそれを保障してあげる事が出来たら、あとは各々の自己責任で富裕層との間にどれだけ格差が出来ても文句はないだろうという考えだ。
半地下に住むキム一家の暮らしは人並みではない。
路上にいる人たちの下半身が目線にあるようなところに暮らしている。
ただ就職先を見つけるのが困難な韓国の社会事情を加味しても、このキム一家には自己責任を押し付けてもまかり通ってしまうようなだらしなさと愚かさみたいなものをはじめ感じた。
実力を発揮すればすぐに這い上がれる家族。
それを怠っている後ろめたさが世間に対してあるような人たち。
物語の前半ではそんなキム一家が奮起して、富裕層であるパク一家の暮らしに仕掛けていく。
黒澤明が『天国と地獄』で描いたような湿っぽいやり方ではなく、まるでスパイのエージェントチームのような鮮やかさで、華麗にパク一家の暮らしにパラサイトする様子を描く。
やれば出来るじゃないか!
これまでの無計画で自堕落な半地下生活を終え、この家族が人並みの暮らしを手にする様子を僕は喜々として見守っていた。
でも物語は大雨の夜を境にして暗転する。
この世の中、下には下がいて、ほんのちょっと掠め取るつもりだった幸福のパイをキム一家と奪い合う。
倫理、道徳観、それらを考慮しても誰も悪くないといった状況と心境を突き付けられる。
キム一家が騒動の中、屋敷を抜け、長い階段をくだって自分たちの塒であるスラムに帰る時、僕は俯瞰した格差社会の景色に天国と地獄を見た。
この家族の人生は計画を立てていくら努力しても思い通りにいかない暗渠に入り込んでいる。
現在を生きるのが精いっぱいで、未来を思い描けない呪縛に絡めとられている。
「人生は無計画で良い」
そう息子に言って諭そうとする父親に、やはり自己責任は押し付けられない。
それからこの家族の人生は富裕層を巻き込みながらどんどん転がっていき、最後に息子が半地下の中で未来に淡い夢を描いて終わる。
明確な善悪がなく、問題の根本が見えにくい物語は痛切で、貧富の格差を問わず人は常に煉獄のようなところで生きているんだな、と思った。