エッセイ

苺ちゃん

投稿日:2020-08-04 更新日:

ワタシ、変ですか?

僕が10年近く住んだ古巣の仙台を離れて上京したのは、その言葉が口癖になってしまっている女の子との出会いがきっかけだった。

彼女とは当時やっていたブログを通じて知り合った。

僕が自分のブログに掲載していた小説を彼女はいつも読んでくれて、一読者ファンとしてコメントもくれた。

彼女自身も『苺』というハンドルネームでブログをやっていて、自分の精神疾患についての苦悩や、人間関係に対する不安などを頻繁に綴っていた。

お互いにブログのコメントでやり取りを繰り返すうちに、僕たちはいつしかネット内で疑似兄妹関係を演じるくらいに仲が良くなっていた。

お兄ちゃん、時間があったら今度東京に遊びに来てよ

地元にいる本当の妹なら「たまには帰って来いよ」と、がさつな命令口調で言って来るけど、ネットで知り合った理想の妹の誘いはおしとやで控え目だ。

そろそろ仙台にも飽きて来たしな。

ちょうどそんな心情の頃合いだったので、僕はその誘いに乗り、春くらいの連休だったか、地元ではなく東京にいる妹に会いに行ってみた。

朝の9時くらいに新宿で待ち合わせすると、紺色のワンピースを着た清楚な雰囲気の女の子が待ち合わせ場所にいた。

ネットで事前にお互いの顔は知っていたので、僕が「苺ちゃん?」と声をかけると、苺ちゃんが僕を振り返り「お兄ちゃんっ!」と叫んで、急に抱きついて来た。

疑似ではあるが兄妹という関係でずっとやり取りしていたから、間違いではないんだけど、本当のお兄ちゃんではないから、初めて会った異性が急に飛びついて来た状況に慌てて困惑していると、苺ちゃんも我に返ったのか、パッと僕から離れて「ワタシ、変ですか?」と呟いた。

変じゃないよ

でもお兄ちゃん、今そういう顔してたよ

したつもりはなかったけど、したのかもしれない。

確かに変だとは思った。

本当の妹は抱きついて来ない。

兄に抱きつくような妹なんて少女漫画の世界にしか出て来ないと思っていた。

苺ちゃんも僕も他人の感情に敏感に反応するところがある。

ブログで「人に会うのが怖い」と言い続けていた苺ちゃんの華奢な体は、ほとんど外出をしないのか、その言葉を証明するように、肌が抜けるように白かった。

お互いにクールダウンした後、「どこ行きたいですか?」と苺ちゃんが聞いて来たので「ん~、荻窪かな?」と咄嗟に出て来た地名を言ってみた。

あっ、そこなら美味しいケーキ屋さんがありますよ

じゃあそこ行こう!

二人で中央線に乗り、話をしながら荻窪へ行った。

この移動中も苺ちゃんは何度か僕の顔を見て「ワタシ、変ですか?」と尋ねて来た。

別に変じゃないよ、どうして?

精神疾患があるような雰囲気はどことなくあるけど、はっきり「変だ」と言えるようなところは見当たらない。

さっき急に抱きついて来た時も、僕が会いに来て嬉しかったから抱きついて来たわけで、普通の感情だと思う。

強いて言うならその質問が変だ。

そもそもネットで兄妹のふりをしている時点で、僕らは世間的に変だと思うから気にしなくていいんじゃない?

やっぱり変だと思っているんですね

落ち込む苺ちゃんを見て、生きづらそうだな、と思った。

苺ちゃんにしろ僕にしろ「自分は変だ」と思うその自覚はどこから来るのだろう?と、ふと考えた。

お互いに仕事や学校にきちんと行っていて、自立もして、裕福ではないけど人並みの生活をしている。

人様に迷惑をかけるような犯罪を犯して来たわけでもない。

でもなんか人と比べて「自分は変だ」という自覚がある。

何でだろう?

ケーキ屋さんは荻窪じゃなくて、西荻にあるんで、ここで降りましょう

考えているうちに、西荻窪に着いたので降りた。

一日中晴れそうな天気だった。

ここです。ここのケーキが美味しいんです

「こけし屋」というレトロな喫茶店だった。

僕は普段ケーキをあまり食べない。

自分で買う事はほとんどなくて、誰かにもらった時に食べるくらいだった。

でも今日は妹の行きたいところに行って、妹の食べたい物を食べようと思ってたから、ケーキも食べてみる事にした。

ワタシ、ケーキ二つくらい食べてもいいですか?

いいよ

ダメっ!」って言ったら「ワタシ、変ですか?」と、また言うんだろうか?

そんな事を考えながら、ティラミスとブルーベリージュースを注文した。

ブログを通してお互いの事はある程度知っていたから、いざ会ってみると何話していいかわからなかったりする。

繊細な者同士だから、表情や間に気を付けないとお互いに気まずくなったりするかな?とも思ったけど、苺ちゃんは意外にも沈黙をあまり苦にしていないようだった。

むしろ沈黙している時の方が安心しているように見えた。

変に取り繕ったりしても、この子にはすぐ分かる。

相手に気を遣わせたと思った時に、きっとこの子は「ワタシ、変ですか?」って言うだろう。

ケーキは確かに美味しかった。

次どこに行きたいですか?

天気良いから公園に行かない?

あ、じゃあ一駅先の吉祥寺まで行きませんか?あそこに井之頭公園っていう公園があるんですけど、ワタシあそこの公園が好きなんです

僕の上京は、苺ちゃんと初めて訪れたこの井之頭公園で決まった。

初めて吉祥寺駅に降りた時、ジャンクフードのケチャップのような臭いがしたのを覚えている。

南口の丸井デパートから井之頭公園に抜ける小道は、お洒落な雑貨屋さんなどが軒を連ねていて、住みやすそうな町の印象を僕に与えた。

小道を進むと公園の緑が見えて来て、年季の入った老舗の焼き鳥がある階段を下ると、駅前の雑踏が嘘みたいなオアシスに入った。

ひょうたん型の大きな池の真ん中に橋が架かり、ベンチがたくさんあった。

ちょうどこの日はフリーマーケットをやっていて、自作の小物やイラストを売っている人がいたり、変わった民族楽器を演奏している人がそれぞれ公園を楽しんでいた。

ここ超良いね

でしょ? ワタシも彼氏とよくここに来るんですよ

苺ちゃんに彼氏がいる事は事前に知ってはいたけど、会った時からそんな素振りを全然見せない感じが少し気になっていた。

疑似の兄妹でも、この線引きはちゃんと守らないといけない。

彼氏がいるのであればなおさらだ。

苺ちゃんはたまにさりげなくその線を越えようとする。

電車の中でも「人が多くて怖い」と呟きながら、つり革ではなく僕の腕に捕まったりしていた。

本当の兄だったらいいのかも知れないけど、距離が近すぎるとやはり異性として意識してしまう。

これって、デートになるんですかね?

日当たりの良いベンチに二人で座り、しばらく池をぼんやり眺めていたら苺ちゃんがそう尋ねて来た。

どうだろうね?一応兄妹だから、デートではないかもね

そうですよね

しばらく黙っていたら、「ワタシ、変ですか?」とまた呟いた。

別に変じゃないよ

変ですよ、絶対

そっか、じゃあ変かもね

そう言うと今度は苺ちゃんが黙って、池を眺めていた。

たまに目が虚ろになり、泥で濁った浅い池の果てしない底を覗き込もうとしているように見えた。

彼氏とはうまく行ってるの?

このまま黙っててはいけない沈黙のような気がした。

はい。いつも優しいです。病気の事も理解してくれてます

そっか、良かったね

優しいから、いつも迷惑になってないか不安です。いつか見捨てられる気がします

優しい方がいいんじゃないの?

嫌いなら嫌いと言ってくれた方が楽です。ワタシ、変ですか?

変だっ

半ば開き直って笑いながら言ってみた。

どのへんが変ですか?

ん~わかんない。でも嫌いじゃない

ホント?

うん

池の周り歩いてみよう

苺ちゃんの機嫌が少し上向きになったと思ったので、立ち上がって二人で池をゆっくり一周してみた。

ここの池のボートにカップルで乗ると、池の弁天様に嫉妬されて別れるみたいですよ

乗った事あるの?

ないです

二人でボソボソ話しながらジブリ美術館があるエリアにも足を伸ばした。

一通り散策したら、僕はこの公園がすっかり気に入り、そのうち絶対吉祥寺に住もうと思った。

この公園でいつも本を読んで、小説を書くと決めた。

それから京王井之頭線に乗って、下北にも行ってみた。

二人で古着屋と雑貨屋を回ったりして、お昼ご飯を食べた。

これ、可愛い、欲しい」と気になる商品を手に取って眺めている苺ちゃんに「東京案内してもらったお礼に何か買ってあげるよ」と言っても、苺ちゃんは首を横に振って、どれも遠慮した。

優しさに甘えたら嫌われると思ったのかもしれない。

嫌わない自信はあったけど、好きになってもいけない関係だから、だんだんどう振舞っていいか分からなくなってきた。

ちょっと忘れ物取りに行きたいので、一回家に戻ってもいいですか?

いいよ

滅多に外出しない苺ちゃんを連れ回したから、少し疲れたのかもしれない。

無理しなくていいからね

大丈夫。ホントに忘れ物取りに行くだけだから

苺ちゃんは八王子に住んでいたので家まで戻って往復したら2時間くらいはかかる。

じゃあ、夕方くらいにまた新宿駅で待ち合わせしよう

わかりました

下北で一度別れ、それからまた新宿で会って飲み行く事にした。

内心ちょっとホッとしつつ、一人にして大丈夫なのか?心配にもなった。

とりあえず新宿の紀伊國屋書店で時間を潰した。

思えば以前失踪して以来の東京見物だった。

失踪した時も僕は紀伊國屋書店に立ち寄って本を漁った。

今晩はネットカフェに泊まる予定だったので、暇を潰せる小説でも買おうと思った。

すると予定より早く苺ちゃんから電話の着信があり、「今、新宿駅にいるから早く来て!」と、ひどく慌てた様子ですぐに電話が切れた。

待ち合わせ場所に着くと、不安げな顔をした苺ちゃんがまた僕に抱きついて来る。

どうしたの?

電車の中で痴漢されて、さっきまでずっと付き纏われてた

言葉だけは慌てていたけど、密着した苺ちゃんの呼吸に乱れはなく、激しい動悸も感じなかった。

もういないみたいだから大丈夫だよ

……ホントに怖かったです

よくあるの?

たまにあります

気を付けた方がいいよ

苺ちゃんの精神疾患についてはよく分からないけど、咄嗟に不安になったりするんだろうと解釈した。

痴漢でなくても東京の街を彼女みたいな子が一人で歩くのは不安だらけだろう。

あるいは、僕がもう仙台に帰ってしまって、連絡がつかなくなると思ったのかもしれない。

送るから今日はもう家に帰った方がいいかもしれないよ

大丈夫です

仕方なく苺ちゃんが落ち着くのを待ってから新宿西口の居酒屋に入った。

僕がビールで、苺ちゃんはレモンサワーを注文した。

苺ちゃんはお酒をあまり飲めないらしく、一杯飲んだだけで気分が悪くなる時もあると言った。

無理して飲んだらダメだよ

はい、でも大丈夫です

酔うとどうなるんだろう?

一杯目をすぐに飲み干す僕とは対照的に、苺ちゃんの飲み方は恐る恐るアルコールを口にする感じで、スローペースだった。

彼氏と飲み行ったりするの?

あまりないですけど、飲む時もあります

ブログでは何でも話せる子って感じの印象だったけど、実際会って見ると言葉を選び過ぎて戸惑う時がある。

ブログの時と何が違うんだろう?

個室の居酒屋に二人きり。

周囲に誰もいないのだから、ブログよりも何でも話せる環境ではある。

でも何か違った。

お互いの生身の肉体が邪魔している。

そんな気がした。

僕と苺ちゃんは言葉で綴った精神の交流だけがベストな関係なのかもしれない。

酔っても特に会話が弾む事はなく、僕だけが杯を重ね、無駄に時間が過ぎていった。

今日はどこに泊まるんですか?

ホテルとか予約してないから、ネットカファにでも泊るよ

ワタシはどこに泊まったらいいですかね?

てっきり家に帰るつもりだと思っていたので、質問の返答に困った。

変な意味じゃないですけど、二人でラブホとかに泊まったら変ですか?

そういうつもりで来てたのか。

ようやく苺ちゃんのこれまでのおかしな言動や態度の意味が理解出来た気がした。

でも兄妹という設定の出会いだから、今更男女の一線を越える度胸まではなかった。

かと言って「一応疑似でも兄妹だから」と慰めるのも変だし、嫌いじゃないけど、「好き」という気持ちを受け入れる心の準備をまったくしていなかった自分を責めるしかなかった。

今日一日兄として接した自分の気遣いだったり優しさが裏目に出て、苺ちゃんはずっと傷ついていたのかもしれない。

彼氏いるんだから、何もなくてもラブホに泊まるのはやっぱり変だよ

彼氏には友達の家に泊まるって言って、了解もらってます

僕とどうにかなる了解はもらってないだろう。

もらえるはずもない。

悪いけど、今日はネットカフェに泊まるよ

2時間くらい一緒に飲んでから店を出た。

駅まで送るよ」と言ってみたけど、「遠いからワタシもネットカフェに泊まります」と言って結局ついて来た。

こういう時、真面目でも不真面目でもない自分を呪う。

傷つけないように配慮した結果、優柔不断でどうしたらいいのかわからなくなる自分を心底呪う。

同じネットカフェに入って別々の部屋に泊まった。

しばらくすると「変な人に覗かれて怖いから」と言って苺ちゃんが僕のところに来た。

落ち着くまでここにいていいから

そう言ってからマットレスタイプの狭いスペースに身を縮めて、ただ二人でそこにいた。

いつの間に眠ったのか、起きると横に苺ちゃんの姿はなく、僕の上にブランケットがかかっていた。

酔って疲れていたので、そのまま寝た。

明け方になって再び起きてから、苺ちゃんのブースへ行ってみたけど、苺ちゃんは既に店を出ていた。

ケータイのメールに「また会いましょう」というメッセージだけが残っていた。

また会おうね」と返信してから東京に上京するまで、僕たちはブログでも交流がないまま過ごした。

東京に引っ越し、都会の生活にも少し慣れた頃合いを見て、もう一度苺ちゃんに連絡を取って会ってみた。

池袋のサンシャインで待ち合わせした苺ちゃんは相変わらず華奢で清楚だったけど、前よりいくらか日に焼けて健康的だった。

彼氏と同棲する事になりました

カフェに入ってそんな報告を受けた時、何かすっきりした気持ちになった。

大学を卒業してからブログの更新も止めたらしく、新しいバイトなんかも始めたと、楽しそうに話していた。

吉祥寺住んでみてどうですか?楽しいですか?

うん。おかげで楽しいよ

「よかった」

1時間くらいカフェで話し、そのまま店を出て別れた。

「ワタシ、変ですか?」

いつ言い出すかな?と、一応警戒はしていたけど、その日苺ちゃんはその口癖を一度も呟く事はなかった。







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