オカルト・スピリチュアル 哲学・思想

従兄弟が畏み申す

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今、何か悩みとか無いか?健康とか

20代後半くらいの時、某社のネットワークビジネスに手を出した同い年の従兄弟が、オーガニックな健康食品やサプリメントのパンフレットを抱えて、よく僕のアパートを訪ねて来た。

ここの商品は全部良い物ばっかりだし、知り合い紹介してくれたらお前にもお金が入るぞ

従兄弟は知り合いを中心に、定期的に某社の商品を買ってくれる顧客と会員を増やし、自分を頂点とするピラミッドを形成すれば、そのうち働かなくても不労所得が入って来ると、僕に会う度熱弁した。

その目は野心でギラつき、思い描いている将来の総資産額こそはっきり語らないものの、好きな時間に好きな事だけをして、海外のリゾート地へ永住、そして『バットマン』の映画で使用したバッドモービルを購入するなど、その口から飛び出る夢は拝金主義丸出しのセレブリティなものばかりで、日の当たらない僕のワンルームで聞くと眩しすぎて目が眩んだ。

ネットワークビジネスに手を出して親戚や友達と疎遠になってしまった人の話はよく聞くから、従兄弟が危ない方向に舵を向けている懸念はあったけど、欲望に忠実で野心的な従兄弟の無遠慮さや胡散臭さなどは小さい頃から既に慣れていた。

むしろようやくピッタリの職業が見つかって良かったねくらいの気持ちで、深入りし過ぎない程度にとりあえず見守る事にした。

試しに敏感で乾燥しやすい肌のトラブルなんかを相談してみると、「ほい、来た」とばかりにパンフレットを捲って、あれこれスキンケアの商品を僕に勧めた。

僕はそれらを定期購入してしばらく使っていたが、ある時従兄弟に「ミイラ取りがミイラになる」ような事態が発生して、一時その野心が脇道に逸れて迷走し出した。

従兄弟が知り合いの紹介で一人暮らしをしている老人に営業をかけたところ、その老人がとある新興宗教の信者さんだったらしく、悩みの相談に乗るはずの従兄弟が、逆にその老人に「君こそ何か悩みはないか?」と親身にされ、自分の悩みを打ち明ける事になったようだった。

慢性的な腰痛。

従兄弟がその悩みを老人にしてみたところ、老人は教団が売りにする「手かざし」と呼ばれる御業で、その腰痛をその場であっという間に治した。

その老人も億近い額の借金をしており、なおかつ癌を患って胃の摘出などもしているかなりハードな難問を抱えている状態ではあったが、何を以てしても信仰第一。

朝夕のお祈りと「手かざし」の御業さえあれば万事全てが良くなっていく」と、ネットワークビジネスの御業を推奨するはずだった従兄弟のプレゼンを待たずに、彼のギラついた野心をやんわりと説き伏せてしまった。

ネットワークビジジスと宗教。

やり方は違えど、どちらも人の悩みに寄り添い、最大多数の幸福実現に向けてネットワークを広げていく部分に関しては理念が合致している。

ただコスパに関しては「手かざし」の方が遥かに良い。

「手かざし」で長年苦しんでいた腰痛が治るという奇跡体験によってすっかり改心した従兄弟は、ネットワークビジネスを続けながらも、老人が所属する宗教団体でその「手かざし」の御業も修業するという、二足の草鞋を履く事になった。

僕の従兄弟はやると決めたら情熱的にとことんやる。そしてすぐにやる。

おい、何か悩みは無いか?

それから従兄弟はオーガニックな健康食品とサプリメントのパンフレットに加え、手かざしの某宗教団体が毎月発行している霊験あらたかな言葉の小冊子も一緒に持参して、僕のアパートを訪ねて来るようになった。

首は凝ってないか?肩はどうだ?腰でもいいぞ

そう言って何かしら僕の体の不調を無理やり探して、見様見真似で覚えた「手かざし」を僕に施そうとする。

ん~、体は常にダルいかな?

うつ伏せになって試しにその「手かざしを」受けてみると、従兄弟は僕の体に直接触れない程度の位置に手をかざし、目を瞑りながら、何やら静かに祝詞のようなものを口にして、かざした掌を全身に沿ってゆっくりと這わせた。

直接触ってないのに、何か温かくなったような気がしないか?

言われれば確かにそんな気がするけど、言われなければまったくそんな気がしない。

どうだ?だんだんダルさが取れて来ただろう

体のダルさはうつ伏せになった床に委ねられているので、この判定についても微妙に難しかった。

ネットワークビジネスをやっている時と胡散臭さのベクトルは変わらないが、誰に対しても臆する事なく、常にアクティブな従兄弟はどこか頼もしく、愛嬌もあるから憎めない。

道場だったらもっと上手く出来ると思うから今度一緒に行こう

好奇心旺盛で暇だけが取り柄の僕は、特に誘いを断る理由もなく、後日従兄弟に連れられて手かざしの道場に足を運んでみた。

道場は閑静な住宅街にひっそりとその看板を掲げ、玄関を潜ると、人の好さそうな年配の信者さんたちが、全員穏やかな笑顔で迎えてくれた。

ようこそおいでくださいました。もう大丈夫ですよ。私たちが必ず救ってあげますからね

信者さんたちは事前に従兄弟から僕の事を「悩み多き超ネガティブ人間だ」と報告されているらしく、みんなで手をかざしまっくて僕を救ってあげようと、かなり意気込んでいた。

私たちもいろいろあってね……」と、信者さんたちが穏やかに語る入信理由は、借金、病気、不倫による家庭内不和、娘、息子の非行などと幅広く、中には全部コンプリートしている人もいた。

現在進行中で悩みや問題を抱えている人もいたが、この教団に入信して祈りと手かざしをするようになってから事態がどんどん改善に向かって行くと、皆口を揃えて言う。

家ではあまりうまく行かなくても、この神殿にお祈りを捧げてから手かざしをすると本当に効果が違いますよ

僕は善意や良心によって成り立っている同調圧力に屈しやすい。

多少変でも、世のため人のために何かやろうとしている人たちを邪険に扱うのは気が引ける。

従兄弟と一緒に二階の神殿と呼ばれる場所に通され、テレビで催眠ショーを仕掛けられるタレントのような気持ちで教団側の誘導を素直に待った。

じゃあまずはお祈りからしていきましょう

世話役の信者さんに促され、なぜか従兄弟が鏡を祀った神殿の正面に座った。

僕はその後ろに座るように指示され、従兄弟の祝詞に合わせてお祈りする事になった。

畳の座敷の中央を陣取り、背筋をピンと伸ばして澄ましている従兄弟の姿が神妙過ぎて、これまで以上に胡散臭かった。

昔からオカルトやスピリチュアルな物にハマりやすいのは僕の方だったから、そんな僕を差し置いて惟神の道を行こうとする従兄弟の行く末はどうなるんだろう?と想像した。

以前語っていた海外のリゾート地での永住は教団の聖地に変わり、購入予定のバッドモービルは環境にグッドなエコカーあたりで留まるのだろうか?

……かむろぎかむろみのちからもちて……はらひどのおほかむたち、もろもろのさかごとたまひのつつみけがれをば

従兄弟が目の前で朗々と祝詞を上げだした。

素人以上、神主未満くらいのレベルだった。

まもりたまえさきはいたまえ、かんながら、たまひ、ちはいませ……

普段キーの高い従兄弟の声音がバリトンになって神殿内に響き渡る。

てっきり茶番で終わると思っていた従兄弟のお祈りに度肝を抜かれ、それに合わせて気持ちが凛とする。

他人から見て胡散臭くても、従兄弟は一度決めたら何事にも情熱的に取り組む。

他人から見て胡散臭くても、常に上を目指し、寝食を忘れて動き回るその姿勢が、見てていつも羨ましかった。

祝詞を上げて、神に畏み申すその背中には、幹部までのし上がろうとする野心が既に見えている。

どこに行って何をやっても従兄弟は従兄弟だった。

その後に施された従兄弟の手かざしは僕の体に対して何の役にも立たなかったが、僕は彼の情熱と野心に対して一肌脱ぎたかったので、「めっちゃ効く!」と大袈裟にリアクションして、その奇跡をアピールした。

だろう!すごいんだぜ、ここの手かざしは!

大成功。

良かった、良かった」と、信者さんたちも喜んで、それから熱心に僕に入信を促して来た。

やんわり理由をつけてその日は断ったが、すっかりその気になった従兄弟が、その後一か月手かざしを続けた生卵と、ただ一か月放置した生卵を持参して僕のアパートに来た。

この卵でもっと手かざしの奇跡の効果を目に見えるようにはっきりと実証してやる!

従兄弟がそう言って、意気揚々と二つの卵を割った。

手かざし卵とそうじゃない卵。

そこには天と地の差があるという。

二つをよく見比べてみた結果、僕の目にはどちらの卵も腐っているように見えた。

ほら、見ろっ。こっちの手かざしをした方の卵は新鮮だろう!

腐っている卵の片方を指差し、従兄弟が手を叩いて称賛する。

従兄弟には自分が手かざしした卵の方は奇跡の新鮮さを保っているように見えているようだった。

どう見ても腐っていたけど、「腐っている」とはなぜか言えなかった。

僕と従兄弟では見えている世界が違う。

以前からずっとそう感じていたので、従兄弟の言う事を信じてみたかったのかもしれない。

従兄弟は自分の境遇が悪くても世界や社会のせいにはしない。

10代の頃一時期家庭の事情でグレたりしていた事もあったけど、常に自分次第で何とかなる、とポジティブにこの世界を捉えていた。

その点僕にはこの世界、社会がいつも腐っているように見えた。

だから従兄弟が手かざしした卵も腐っているように見えたのかもしれない。

その後従兄弟は教団での信頼も厚く、ネットワークビジネスも軌道に乗り、神の寵愛を受けて順風満帆な人生を歩んでいるように見えたが、何の因果か?突然神から見捨てられたように、車ごと崖から落ちて全治3か月くらいの重体になったり、夜道に対向車と衝突して相手のドライバーが亡くなってしまう死亡事故などの不幸にも度々遭遇した。

運があるのか無いのかわからない前途多難で波乱万丈な人生だけど、それでも従兄弟はめげずに何とか乗り越えて、現在はアメリカのロサンゼルスに移住してまた何かやっているようだ。

それはきっと僕の目にはまた胡散臭い活動として映るんだろうけど、面白きなき世を面白く 住み成す者は心なり。

従兄弟の人生はまさにその言葉を体現しているようで面白い。

従兄弟と比べると、僕の人生は無難で特に何も起こらないけど、面白く書く視点を持って物語ってみると、それなりに面白い人生のような気がして来るから不思議だ。







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