哲学・思想

盆提灯が消えた

投稿日:2020-08-10 更新日:

恥ずかしながら、盆提灯には迎え火の役割がある事をつい最近知った。

今年はコロナの影響で、実家から「お盆の帰省は控えてくれ」と言われているので、お盆は一人で過ごす事になった。

馬鹿らしいけど、帰省して感染者を出せば、僕の実家が村八分のような状態になるかもしれないので、ここは素直に従うしかない。

小さい頃のお盆は、母方の実家に親戚みんなで集まって仏壇に手を合わせてから、ご先祖様たちが眠るお寺に墓参りへ行った。

どの家々も盆提灯の明りを灯していて、お寺までの道筋で行き交う町の人たちの中には浴衣姿の人もたくさんいて賑やかだった。

お盆期間中は夏休みで、地元の祭りを控えている気分もあって、盆提灯が灯る町から死者が帰って来るしめやかな雰囲気をなんとなく感じつつ、母方の従姉妹たちとはしゃぎ、お寺やお墓の中で肝試しや鬼ごっこをして、母親によく怒られたりもした。

一年に一度だから、毎年ご先祖の墓や知り合いの故人の仏壇がどこにあるのか分からなくなり、みんなで「あっちだ、こっちだ」と右往左往する。

うちの母親はわりとおっちょこちょいだから、全然知らない故人の墓に蝋燭を灯し、お添え物を置いて手を合わせてから「あ、ここじゃない!」と気付いたりする。

そんな記憶があるお盆は僕にとってしんみり死者の霊を迎える日ではなく、普段滅多に揃う事のない人たちと集ってワイワイやる日という印象の方が強い。

お墓参りをした後は、お寺の近所のかき氷屋に寄って涼んでから、母親の実家に戻り、親戚や従姉妹たちと宴会になる。

母親の実家は八百屋で、母親の兄である叔父さんが祖父から跡を継いで切り盛りしていた。

当時の田舎に珍しい三階建ての大きな家。

その家の前に毎年立派な盆提灯をぶら提げて、お盆期間中はずっと明りを灯していた。

母方の家系はみんな陽気な人ばかりだったから、故人を偲ぶ思い出話もいつも明るい話題が多かった。

ご先祖様に不幸な死に方をした人も特になく、みんな年の順番で死んでいったから、僕らの代になっても毎年こんな感じのお盆が続くんだろうな、と漠然と思っていた。

その陽気な家から盆提灯が消えたのは、叔父さんが自殺してからだ。

多額の借金があったらしく、店の野菜を貯蔵する倉庫で首を吊った。

いつも陽気で裕福に見えた母方の実家の陰には、見栄で散財してしまうわりと逼迫した経済事情があったようで、叔父さんはあまり誰にもそれを相談しなかったから、実の妹である母親でさえも、その異変に気付くのが遅れた。

独りでお盆を過ごすと、僕は湿っぽい感情でしか故人の霊を迎える事が出来なくなる。

死者はあの世ではなく、僕の記憶の中から現世に帰って来る。

故人の声、臭い、感触がはっきりと甦り、故人に対する後悔の念なども同時に膨れ上がって来るから、どうしてもしんみりしてしまう。

僕の父親や親戚が借金をなんとか肩代わりしたものの、母方の実家はバラバラになった。

叔父さんの奥さんの目が不自由になって施設に預ける事になったり、従姉妹もみんな他所に引っ越して、明りのない家だけぽつんとまだある。

そこで親戚たちと集まって和む事もなくなった。

母方の実家に限らず、賑やかな明りがなくなってしまった家は多い。

何か落ち度はあるんだろうけど、誰のせいでもない。

盆提灯の数もお寺に墓参りに行く人の数もめっきり減った。

ソーシャルディスタンス。

これがスタンダードになれば、盆提灯の明りはもっと消えると思う。

僕はそんなお盆をどう過ごしていいのかわからない。

僕にとってお盆は死者ではなく、様々な思いを引きずって未だ生きている人間を偲ぶためにあるのだ。

故人をきっかけにみんなで集まって和む日。

アフターコロナか、ウィズコロナか知らないけど、そんなお盆はまた来るだろうか?







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