哲学・思想

究極のマイノリティを想像する

投稿日:2021-03-22 更新日:

差別や偏見をなくしたい。
良識のある大人なら誰でもそう思った事があると思う。
実際に差別や偏見を受けた人ならなおさらだろう。
僕は差別や偏見を受けた事が特にないけど、普段なるべく、人を差別しない、偏見を持たないように心がけてはいる。
でも一般的な身体的特徴や精神的特徴ではない人を見かけると、「この人は自分とは違う人間だ」という差別意識を持ってしまう。
それでも相手は同じ人間だから、同質のように振る舞い、同質のように扱うけど、「異質」であるという、意識からは逃れられない。
違うものは違う。
性的マイノリティであるLGBTの人たちであれば、男か女か?
その区別しかない世間一般的な男女観から弾かれて悩んだりすると思う。
誰に何を言われなくても、当たり前にいる男女のカップルや男女の夫婦と接するだけで、「自分はこの人たちと違う」と思って、悩んだりするだろう。
僕の性別は男で、社会的にも個人的にも自分が男である事をはっきりと自覚している。
だから性別で悩んだ事がない。
着る服も男物、トイレも男子トイレ。
恋愛対象は女性と女性の容姿をした可愛い男性までに限定している。
LGBTの人たちに対しても、基本的には見た目が男性か女性かで区別して接している。
その人の性別が本来男か女かを意識していたら接し方が難しい。
自分は男でありたい、だから男の見た目で男として振る舞っている
そういう女性の事は男性として接する事が出来る。
見た目がどう見ても男性なのに、女装をしている人とかを見ると、男と女?どっちの性で接したらいいのかよくわからなくなる。
よくわからないから付き合いを避けてしまう。
よくわからない人と接するのは苦手だし不安だ。
それは差別、偏見だよ!」と言われても、「そうです」としか言いようがない。
それで誰かが傷ついたり、悲しんだりしても「ごめんなさい、でも接し方がよくわからないです」としか言いようがない。
人それぞれ個性があるのは認めている。
僕にも個性があって、個人的な興味関心事がある。
だから出来れば自分と同質の人が良いし、自分と同質のコミュニティに所属したい。
その方がたぶん楽しいし、生きるのが楽だと思う。
社会には数え切れないくらいコミュニティがいっぱいあるから、どんなマイノリティでも、探せば自分にあったコミュニティはきっとあると思う。
なければ、たとえ社会が認めなくても作ればいい。
自分と同質の人たちと一緒にいたいならそうするしかない。
自分と同質のコミュニティなら、差別、偏見の意識を持たれる事はない。
ただコミュニティに所属する事によって、同時に自分もコミュニティ外の人たちに対して差別や偏見の意識を持ってしまうという事は理解しておくべきだと思う。
それが嫌ならコミュニティを持たずに、たった一人で生きていく覚悟をするしかない。
一人で生きる覚悟をした究極のマイノリティだけが、他人に対する差別や偏見の意識から逃れられると、僕は思う。
この国はどんな人間の人権も憲法で認めている。

【日本国憲法 第11条】
国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

この国はどんな人間であろうと、その基本的人権に関しては憲法が認めている。
ただ基本的人権が実質ないような人がこの国にはいる。
それは現人神である天皇陛下だ。
天皇陛下は人であって人にあらず。
天皇陛下には選挙権も被選挙権もない。日本の国籍から離脱する自由もないから、当然海外に移住する自由もない。
両性の合意のみで成立する婚姻にも制約がある。世襲制だから独身でいる自由もない。
政権批判などの政治的発言も許されない。
表現の自由、学問の自由にも制約がある。
天皇は神道における祭祀の主宰者という立場上、信教の自由にも制約を受けている。
だから天皇陛下こそ、この国では究極のマイノリティだ。
その生きづらさを想像出来る人はいるだろうか?
その天皇陛下が国民を差別した事が今まであっただろうか?
一度もない。
過去にそのような発言をした事もないはずだ。
天皇陛下は自分が究極のマイノリティだから、全ての国民に対して差別や偏見の意識を持っていない。
むしろ基本的人権が認められているのに「王」という立場で、天皇陛下はこの国から差別を受けているとも言える。
天皇陛下が究極のマイノリティとして存在しているから、個性豊かな全ての国民が、その下で平等にマジョリティとして存在する事が出来る。
僕たちはどれだけマイノリティだろうが、天皇陛下よりも遥かに自由だし、基本的人権が認められている限り、差別や偏見を受けて誰かに迫害されても法に守ってもらえる存在だ。
差別、偏見の本質は、自分と違う相手に対する好き嫌いの感情でしかない。
それは人間なんだからあって当然だ。
だから差別や偏見の意識はなくならないものとして、異質な者同士、お互いに妥協点を探して共存していくしかないと思う。







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