哲学・思想

陰口ジプシー

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陰口や愚痴はコミュニティ形成に必要な行為だと思うし、有効な行為だとも思う。
陰口や愚痴はなるべく自分と同質な人たちと一緒にいて安心するための生存戦略だとも思う。
でも陰口や愚痴を言った人は同時にそのコミュニティの不穏分子にもなってしまうから、その人を排除しないと、いずれそのコミュニティは崩壊の危機を迎えたりもする。
今まで何度もそういうのを見てきた。
見る度に、やっぱり一人でいるしかないな、と思ったりもする。
会社でもコミュニティに属さず、いつも一人でいる。
一人で黙々とやる作業が多い仕事だから、コミュニティを持たなくても特に支障はない。
あいつはいつも一人でいるから大丈夫
どこの派閥にも属してないから、それが信用になるのか?よく話かけて来る人もいる。
ただそれも誰かの陰口や愚痴だったりするから面倒臭い。
大して親しくもない人の、興味のない秘密を抱えて勝手に共犯者にされてしまうのが嫌だ。
その人個人の悩みならいいけど、陰口や愚痴は悩みとしての質が悪いから、聞いているとすぐに飽きて来る。
人は一人で秘密を抱える事に耐えられない生き物なのかもしれない。
派閥に所属しても、結局はみんな一人きりで腹の探り合いをする事になるのだから、入る意味もメリットもない。
組織で昇進や昇格するなら派閥に入ってコミュニケーションを取ったほうが絶対にいいんだろうけど、僕は生活するお金さえ稼げればそれでいい。
友だちを作りに来たわけでも、恋人を作りに来たわけでもない。
お金を稼ぎに来ただけだから、余計なゴタゴタはいらない。
やりたい事があるから飲ミニケーションもいらない。
仕事が終わったらとっとと帰る。
プライベートのコミュニティでもそう。
開口一番陰口や愚痴ばかり言う人は面倒だ。
その場にいない誰かをターゲットにして、一人がまず切り出す。
あいつこの前さぁ……
その場に言わせた人たちはその陰口の賛否を興味津々で聞き、とりあえず各々心の中にしまう。
賛同すれば話は陰口でずっと盛り上がる。
他人と秘密を共有する事に喜びを感じる人もいる。
その喜んでいる人も他所では陰口を言われていたりすると、見てて痛い。
陰口は自分も言われているだろうくらいに思っておいた方がいい。
自分はとりあえずそのターゲットの事が嫌いではないとしても、陰口を切り出した相手は当然賛同を求めて来るから、ほとんどの人はなんとなく話を合わせてしまう。
ここで陰口を否定すれば、陰口を言った相手は、後日他の場で陰口を否定した人の陰口を言うだろう。
陰口のジプシー。
その場しのぎのコミュニティ形成、強化をはかり、ほぼ全員の陰口を言ってしまった人は、最終的にどのコミュニティからも信用を失い、弾かれる事になる。またバレてしまう不安から自分で立ち去る事になる。
陰口や愚痴はなるべく言わないようにしているけど、人間だからムカつく事があれば、つい言ってしまう。
相手に気を遣って賛同してしまう事もよくある。
そうなったらもう共犯者だ。
言ってなくても言った事になる。
人に好かれようと思って、僕はコミュニケーションスクールに通ったり、カウンセリングスクールに通ったりしている。
そこで教えられるのは聞き上手になる事。
傾聴力を上げて相手のニーズを的確に掴む事だ。
傾聴を実践した結果分かったのが、人が話したいニーズの大半が陰口、愚痴、悩みだった事。
傾聴力が上がると、こちらが相手に賛同の意を示さなくても、相手は賛同してもらっているような気持ちになる。
それで相手に好かれ、信頼や仲間意識が芽生えたりもするけど、陰口や愚痴で形成されたコミュニティには安心感がない。
陰口や愚痴を聞けば聞くほど、好かれる事が苦痛になって来る。
いつか裏切られそうな不安、もうすでに裏切られているかもしれない、という疑念が常に付きまとう。
それでもコミュニティに所属する事を望めば、陰口や愚痴を言わせない事は出来ないし、きっぱり否定するのも難しいから、不特定多数の人がいる場所ではコミットする相手を間違えない事が大事だと思った。
無理せずにいられる人。
それがベスト。
いなければコミットしなくていいと思う。
それが自然体なら無口なジプシーでもいいと思う。
寂しさに耐えられればコミュニティはなくても生きていけるし、いちいち人に嫌われる事を恐れなくて済む。
そうやって一人孤独に本当に好きな物と向き合っていれば、誰かの陰口を言う必要もなくなって来るだろう。
苦手なものや嫌いなものを克服する努力なんて本当に無駄だと思った。
努力しても苦手意識や嫌悪感が消えるわけではない。封印して誤魔化しているだけ。地味にストレスは蓄積している。
そんな事より好きな物や得意な事を継続していく努力の方がよっぽど大事だと思った。
このブログはそんな社会的陰口や愚痴を言うためのツール。
たとえアクセス数が0になっても、好きだから継続していく。もっと得意になって読み応えのあるブログにしていく。







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