哲学・思想

世界最強ヒモ伝説『ゴータマ君』

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オレの名前はゴータマ。
後に仏教を作って世界中で「釈迦」とか「仏陀」とか呼ばれている偉い人。
「空」っていう概念を思いついて悟りを拓いたら、世の中の出来事とか自分の人生に執着がなくなって、「生きる」っていう苦しみから解放されちゃったんだけど、それが世の中の人には画期的だったらしくて、みんなオレんとこに「教えて、教えて」って集まって来るようになった。
まぁインフルエンサーの走りみたいな感じかな?
でもオレ自身はもう悟りを拓いちゃってるわけだから、オレのどこが凄いのか、何でみんなに「アンタは偉いね、マジ尊敬する!」って言われてんのかよくわかんない。
オレが考えた「空」って概念は、「有るようで無い」っていう状態で、簡単に言ったら「自分の存在がこの世に無いものだと思ってこの世を観察する」って事なんだけど、自分の存在がこの世にない状態でこの世の中を観察するなんて事は出来ないわけだから、かなり矛盾した事言ってるんだけど、それでもみんな頭ではなんとなく理解出来るみたいなのよ。
でもやっぱ「有るようで無い」って矛盾した状態だから実感するのは超難しいよね、みたいな事になってて、「空」を実感出来たら悟りを拓けるんだけど、オレ以外で悟りを拓いた人ってほとんどいない。
だから世界中で尊敬されてるわけなんだけど、実際は世の中の役に立つような事なんて何もしてない。
オレは悟りを拓いてなかったら、家族を捨てて、王族のステータスも捨てて、一人勝手に旅に出たただのホームレスなんだよ。
人々の人生に必ずついてくる生老病死の四苦をなんとかしたくて旅に出た事にはなってんだけど、本当は何不自由なく暮らせる王族の暮らしに飽きたんだ。
身の回りの事はほとんど従者にやってもらってたし、お金があるから仕事をする必要もない。
暇潰しに毎日城の中をブラブラして、何か有意義で楽しい事がないか探してみたんだけど、何をやっていいのかまったく分からなかった。
ある時なんとなく城の外に出てみたら、国のほとんどの人が貧しくて、お金がないからか、みんな忙しそうに働いてた。お金がないと、食べる物もあまり買えないのか、みんな栄養のない粗末な物ばかり食べてて、病気がちな人が多かった。
毎日仕事するだけの人生を送って、歳を取って病気になって死んでいく。
みんな働かなくてもずっと生きていけるもんだと思っていたオレはそれを見てショックを受けて、自分一人だけ楽に生きている事が恥ずかしくなった。退屈しのぎに苦労でもしてみるか?と思って家出した。
誰の力も借りないで、自分一人の力で生きていく!
初めはそんな感じで意気込んでたんだけど、生まれた時から、何でも人に世話してもらってたから、自分で何かやろうと思っても、何も思い付かないし出来なかった。
世の中の事もほとんど何も知らないもんだから、適当な仕事にもありつけず、金がないから泊まる宿もなくて、城を出てから飲まず食わずで、町から町をただ歩き回っていた。
ただ歩き回ってても腹が減って疲れるだけだから、日照りや雨風がしのげそうな木陰とか岩屋とか廃屋に座りこんで、目を閉じてジッとしている事が多くなった。その間とにかく暇だからいろいろな事を思って考える。
腹減ったなぁ”、と思えば、その後に“そもそも人間って何で腹減るんだろ?”とか、目の前を可愛い子が通ったりすると、“お!可愛い”と思った後に、“オレが可愛いと思ってる女の子の基準って何だろう?”とか考えたりする。
それでいろいろ考えてみて、自分なりの答えを出してみたりもするんだけど、“これが絶対的な答えだ!”みたいなものは思い付かなくて、またいろいろ思って考える。
そんな事をやっていると、たまに誰かがオレに話しかけて来たりする。
アンタ、こんな所で何やってる?
腹が減って疲れたのでジッとしてます
働いたらいいだろ?
何も出来ないので仕事が見つからなかったんですよ
だからと言ってここでボーッとしてても死ぬだけだろ、世の中の人はみんな働いて、おまんま食べてるんだぞ。お前も働け
働く気はあるんです。でもここでボーッとする以外何も出来ないから
しょうがない奴だな。余り物でもいいなら、お前にこれやるから食え
そんな感じで食べ物をもらったりした。
え?いいんですか!ありがとうございます!
世の中はおかしなもんで、オレみたいな無能な者に興味を持ち、なにかと気にかけてくれる人が一定数いるんだよ。
アンタ、もう服がボロボロじゃないのよ。それじゃ布切れと変わらないわ。乳首見えちゃってるもの。もうアソコも出ちゃいそうな感じだから、これ着なさいよ
みんな働かないと生活に余裕がないのに、考え事をするだけの無能なオレに服までくれる人もいる。
これは一体どういう事だ?
泊まる所や食べ物がなかったら寺に行ってみるといい。無料で泊めてくれて、無料で食事を出してくれて、無料で病気の治療をしてくれるぞ
ただ座って、通りすがりの人と話しただけでそんな情報まで手に入った。
オレはそうやって何もせずに無能なままでいる事で、無能である事の力、無能の価値を知った。
みんな初めは、無能であるオレを哀れんだり、蔑んだりするんだけど、オレと接しているうちにだんだん安心して来て、オレに何かしてあげる事で優越感や満足感のようなものを感じるようになる。
世の中の常識として働いてお金を得るには、何か人の役に立たないといけない。人はそのお礼にお金を払って相手を評価する。お金がない場合は他の物品や自分の特技などで奉仕して返す。
だからオレも道行く人たちに何かお返しをしないといけないんだけど、無能なのでそれが出来ない。
でも無能な男に何かしてあげる事が彼らに優越感や満足感を与えているなら、オレはそれが既にお返しになっていると思った。
無能な状態が人の役に立つ。何もしなくても施しを受けて生きていける。
これはオレにとって大きな発見だった。
それからオレは何も出来ない自分の無能を恥じる事なく、他人から施しを受けて生きる決意をした。
諸国をぶらぶら歩き、疲れては座り込み、誰かに話しかけられるまで目を閉じて湧き上がる思いたちを一つ一つ考える。誰かに話しかけられたら施しを受けるチャンスだ。
笑顔で答え、家がなく食べる物もない、と、素直に無能である事をアピールした。
必ずもらえるわけじゃないけど、日に日にもらえる確率は上がっていった。
たぶんコツは相手の話に耳を傾け、何を言われても否定しない事だと思う。
否定しないと相手は安心してスラスラと話を続け、オレが知らない世の中の事をいっぱい教えてくれた。
それで人は満足する。
その後いろいろ考えた結果、オレが満たしているのは相手の承認欲求だと分かった。
自分は無能だ、この世にいてもいなくてもどうでもいい存在。
城を出た時のオレと同じく、世の中にはそう思って悩んでいる人たちがたくさんいて、そういう人たちが最上級に無能であるオレに話しかけて来るのだった。
何もせずにボーッとしているなんて、なんて無能で哀れなヤツなんだ。そうだ!コイツに何かしてあげて、自分は他人にとって有益な人間だと、自分自身に承認しよう!
オレに近寄って来る人たちと話す度に、そんな心も読み取れるようになった。
オレは城で贅沢な暮らしをしていたから、今更贅沢がしたいとも思わないし、王族のステータスと家族を捨て、働きもしないのだから、自分の人生に何の責任も負っていない。
何事にも執着しないから他の人より心が軽く、自分より他人の心や思考を優先する事が出来た。
要するにオレには“自分”がない。
性欲もあまりなかった。
性欲は人間の三大欲求だけど、食欲と睡眠欲が満たされてないと基本湧いて来ないようだ。
ある時いっぱい施しを受けて満腹になったら、急にエロい事ばかり考え出して、「マーラ」っていうチンチンのお化けみたいなヤツに頭の中を支配されそうになった事があった。
それでも腹が減って来ると、それも収まった。とにかく食べる事が出来なかったら野垂れ死にするまでずっと暇。
オレには暇を持て余した“命”という、自由な時間だけがある。
この自由な時間を使って世界を観察、観想して、この世界と他人をずっと承認して来た。
これがオレに出来る唯一無二の社会貢献。
このサービスが当たって、オレは家も金も持たずに、一生施しだけで生きていけるようになった。
その後、人にはなかなか理解してもらえないオレのこのおかしな生き方に興味を持った人たちが「弟子にしてくれ!」とオレの所に集まって来るようになり、オレは自分のこれまでの生き方を「悟り」と称して弟子たちにアドバイスした。
オレがアドバイスすると、弟子たちはみんな喜んでオレの話を聞き、お礼にオレの身の回りの世話してくれた。
結局オレ自身は生涯無能で、城にいた時と何も変わらないわけなんだけど、死んでからも「アンタは偉い。マジで尊敬する!」って、みんな言ってくれるから、人生ってホント不思議だと思う。
天上天下唯我独尊。
これはオレが生まれた時に言った言葉らしいんだけど、多少自惚れると、オレは無能でも生き居続ける事が出来る運命を持って生まれて来たんだと思う。
それが誰にも真似出来ない事だったから、たぶんオレはみんなに尊敬されてんだろうな。







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祐喜代(SUKEKIYO)

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