哲学・思想 芸術

映画『葛城事件』 決して他人事ではない愛着の問題

投稿日:2021-10-22 更新日:

あらすじ

親が始めた金物屋を引き継いだ清は、美しい妻・伸子(南果歩)との間に2人の息子も生まれ、念願のマイホームを建てた。思い描いた理想の家庭を作れたはずだった。しかし、清の思いの強さは、気づかぬうちに家族を抑圧的に支配するようになる。 長男・保(新井浩文)は、子供のころから従順でよくできた子供だったが、対人関係に悩み、会社からのリストラを誰にも言い出せずにいた。堪え性がなく、アルバイトも長続きしない次男・稔(若葉竜也)は、ことあるごとに清にそれを責められ、理不尽な思いを募らせている。清に言動を抑圧され、思考停止のまま過ごしていた妻の伸子は、ある日、清への不満が爆発してしまい、稔を連れて家出する。そして、迎えた家族の修羅場…。葛城家は一気に崩壊へと向かっていく。

監督:赤堀雅秋

キャスト:三浦友和、若葉竜也、田中麗奈

葛城一家に起こる家庭崩壊の様子を描いた映画。

事の発端は独善的で支配的な父親が、自分の理想とする家庭のイメージを家族に押し付けてしまったところにあるように思える。
一般的には生真面目で頑固、亭主関白といったイメージの範囲内で収まりそうな人物像ではあるけど、家族や周囲の人間に対する言動や行動を見ていると、自己愛性パーソナリティ障害の人が示す危うさなんかも多少窺える。
僕は愛着障害の問題にすごく興味と関心があるので、この映画の葛城家みたいな家庭を例に、長男がリストラで自殺に追い込まれ、それに呼応するように次男までが悲惨な無差別殺人を起こすまでの詳しい過程を知りたかった。

僕も恐れ回避型の愛着スタイルを持っているから、自殺や無差別殺人を起こしてしまう愛着障害の人にはつい同情してしまう。

自殺はまだしも、無差別殺人は第一級殺人にあたる犯罪行為だから、いくら愛着の問題を抱えていようと、世間がその難解な殺人動機や衝動を理解してくれる事はないだろう。

僕も彼ら無差別殺人者の罪はきっちりと裁くべきだし、その代償としての死刑判決は当然だと思っている。

ただそれでも家庭の事情で「愛されなかった」彼らの精神や魂みたいなものは許して救ってあげたいという気持ちがある。

彼らが世界に憎しみを抱いたまま死刑にすれば、罪の意識も感じず、自分が起こした事の重大さにも気付かないまま、無駄に事件が風化するだけで、再発防止に繋がる手がかりは何もつかめない。

人を殺して死刑になりたい

そう願っている彼らに罪を償わせるには、「愛されなかった」心の問題をケアして、他者とこの世界に「自分も愛されている」という実感を与える必要があると思う。

自分が無差別に殺した人たちの中にも「愛されなかった人たち」がいたかもしれない。

自分が無差別に人を殺した事で、大事な人たちを失ったその遺族が、新たな愛着障害者になるかもしれない。

そういう視点や想像力を彼らに教えて、世間にも愛着障害の問題を共有してもらわないと、悲劇の連鎖は止まらない気がする。

同族意識のワガママなのかもしれないけど、死刑制度に反対するために、無差別殺人者の稔と獄中結婚した星野の信念と活動には、そういう意味でシンパシーを感じた。

愛着障害者の世界観は怒りに満ち、基本的に暗い。

明るい展望があっても些細な事ですぐに潰えたりする。

まったく同じ様相ではないと思うけど、これは僕も常に実感している事だから、稔が見ている世界観やその実感も想像しやすかった。

この実感的な部分についての理解が「愛されている」実感がある人たちとの間に大きな壁を作っている気がしている。

僕は幸いそういう事件を起こすほど自暴自棄にはならなかったけど、稔のように「他人も世界もどうでもいい。自分の人生もこんな世界もとっとと滅びればいいんだ」と、本気で思った事は今まで何度もある。

これまで実際にあった無差別殺人事件を見ていて思うのは、犯人のほとんどが男性で、女性がそういった犯行に至るケースはあまり見た事がない。

犯行に及んだ男性の多くに妄想性パーソナリティ障害の特徴を示す人がいる話もあるから、僕は愛着障害に陥った男性の被害妄想が限界点に達した時、男性特有の狩猟本能が目覚めて、妄想の中で自分を苦しめる対象を、無差別殺人という凶行の形で払拭しようとしているんじゃないかな?と分析している。

愛されている実感がなく、今後もそれが望めないのであれば、この世界は憎しみの対象でしかなく、自分の周囲にいる人たちは全て、自分の存在を脅かすものでしかない。

社会に迷惑をかける事が自分を愛さなかった親への復讐にもなり、たとえ犯罪でも世間に注目されれば、みんなが自分に関心を持って承認欲求が満たされる。

自暴自棄になった愛着障害者の深層心理はおそらくそんな感じなのではないだろうか?

妄想とはいえ、自暴自棄になった愛着障害者の主観的世界では、それが実感の伴った紛れもない真実として映っているのだから、本人にそれを「妄想だ」と気付かせるのは非常に難しい。

だから稔の死刑に反対して獄中結婚をした星野が見せる、葛城家への献身的な態度と努力も、どこか空しい自己満足の域でしかない印象が拭えなかった。

葛城家のような問題を抱えている家庭は実際にあるし、僕は今後ますますそういった家族が増えるような気がしていて、へたをすれば自分の兄妹たちが築いた家庭でも起こりえるかもしれない。

その時自分がどう関われるか?
どこまで関われるのか?

この映画を通して、それを考えてみたかった。

その答えは難しいけど、こうやってブログに自分の感想を綴り、誰かに読んでもらって少しでも関心を持ってもらえれば幸いだし、無駄ではないと思う。

映画『葛城事件』公式サイト

無差別殺人を題材にした短編小説→『人情下り坂』『ルサンチマンを数えて

いつも読んでくれてありがとう。







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