エッセイ オカルト・スピリチュアル 哲学・思想

本源ちゃん

投稿日:

諏訪瀬島を目指して熊本に立ち寄った時、某宗教で活動している女性の家に泊めてもらった事がある。

暇をもて余して熊本市内の繁華街をぶらぶらしていたら、50代くらいの人の良さそうなオバちゃんの二人連れが僕に近づいて来た。

「あのう、すいません、今、ちょっとお時間いいですか?」

「え? …ああ、いいですよ」

これはまたたぶん宗教の勧誘だな、と思った。

暇しながら歩いていると、隙だらけに見えるのか、よくいろんな人に声をかけられる。

特に断る理由もないので、とりあえず2人の話を聞いてみる事にした。

「急にごめんなさいね、アタシたち◯◯という団体で活動してる者なんですけど、お兄さんは“本源”って聞いた事あります?」

ホンゲン?

2人が口にした宗教名は僕が初めて聞く宗教団体で、本源という言葉も知らなかった。

九州の方に多い宗教団体らしく、人間が本来持っている「本源」という神秘の力に呼び掛けて、いろんな奇跡を起こす活動をしているらしい。

以前従兄弟がハマって通っていた「手かざし」の宗教みたいなものだろう。

「本源を使えば、治療が困難な病気も治りますし、悪い人間関係なんかもすっかり変わって来たりするんですよ」

新興宗教によくある現世利益だ。

でも僕はよほど怪しい宗教でない限り、個人の信仰に関してはあまり偏見を持たない。

どんな宗教団体も末端の信者さんたちは、ただのお人好しだったり、世話好きな人が多く、明確な悪意を持って人を騙そうとする人はほとんどいない。

病気、貧困、家族の機能不全など、自分ではどうしようもない問題を抱えている経緯があっての入信だから、たとえそれが世間的におかしな教義や活動であろうと、彼らの日々の営みにどうしても必要な拠り所であるなら邪険には出来ない。

「アタシも本源のお務めを実践するまで信じてなかったんですけど、知人の病気が治ったり、アタシ自身も体の調子が良くなったりしたもんですから驚きましたよ、本当にすごい力なんです」

本源のお務めをはじめてから、オバチャンたちの暮らしは一変し、前向きで明るいものになったらしい。

「すごいですね」

「興味ありますか?アタシなんかはまだ未熟な方ですけど、どうです?もし良かったらお兄さんも一緒に、集会所で本源の力を体験してみませんか?」

一通り話を聴くと、オバチャンたちからそんな誘いを受けた。

彼女たちの話が嘘か本当かはどうでもよくて、暇潰しと興味本位で参加してみる事にした。

「いいですよ」

「ホントですか!わぁ良かった」

住所と電話番号を聞かれたので、今、旅の途中だ、と説明したら、メガネをかけた痩せぎすのオバチャンの方が車で迎えに来てくれる事になり、電話番号を交換して、その日はネットカフェに泊まった。

次の日、朝10時くらいにオバチャンから連絡をもらい、蓮政寺公園で待ち合わせした。

「集会は夜からですけど、アタシの自宅でも出来るので、ちょっと付き合ってもらえませんか?」

「いいですよ」

それからメガネのオバチャンの家にお邪魔して、自宅に荷物を置かせてもらった。

「まずは本源の力を使ってジュースの味を変えてみます」

コップを2つ用意して、同じオレンジジュースをそのコップを注いで、片方のコップにだけ本源の力をかけ、味を比べてみる実験らしい。

以前従兄弟が僕に「手かざし」の技を披露した実験と同じだった。

従兄弟は賞味期限が同じ2つの卵を用意して、「手かざし」をした卵と、「手かざし」をしていない卵を比べ、その鮮度の違いを見せて、僕に奇跡を示そうとした。

結果、僕的にはどちらの卵も鮮度が悪く、ほとんど同じに見えた。

でも従兄弟的には「手かざし」をした卵の方が新鮮に見えるらしく、「ほらっ、すごいだろ!」と興奮していた。

別に従兄弟が嘘をついているわけではない。

従兄弟の目には「手かざし」をした卵が本当に新鮮に見えているようだった。

だからその実験が失敗か成功かはわからない。

信じる者は救われる。

僕と従兄弟の主観的世界が全然違うのだろう。

人は自分が信じているものしか見えないのかもしれない。

僕は自己の存在についても、この世界の実存についても、どこか疑って生きている。

でも信じたいものはあって、僕はそれを頼りにこの曖昧な世界を観察しているんだと思う。

リビングのカーペットの上に正座して、オバチャンがオレンジジュースと向き合った。

本源の力を加えるオレンジジュースを自分の手前に置いて深呼吸を繰り返し、両腕を太極拳の型のように、ゆったりとコップの周りで動かした。

「本源おねがいします」

お祈りの言葉なのか、オバチャンは何回も低い声でその言葉を呟いていた。

よくしゃべる気さくなオバチャンが神妙な顔でお務めをしている時、僕はオバチャンの家から漂って来るどこか陰気臭い気配みたいなものに注意を向けていた。

オバチャンの自宅は一軒家で、以前は家族と住んでいたようだけど、二人いる娘さんが仕事の都合と結婚で家を出て行ってからは、一人で住んでいた。

だから使用せずに空いている部屋がたくさんある。

オバチャンの家の陰の気はそういう部屋から漂って来る気がした。

一人で生活しているスペースに関しては小まめに掃除されていて清潔感がある。

でもその他のスペースに関しては物が雑然と置かれていたり、掃除の手が行き届いていないようだった。

熊本を襲った震災で出来た壁のひび割れやガラス窓の損傷も補修しないままになっている。

旦那さんはどうしたんだろう?

気になるのはその事だった。

オバチャンの家は猫の匂いと線香の匂いがした。

リビングの隣の襖の部屋から時々物音がしたから、そこに猫がいると思った。

「どうかな?味が変わっていると思うんですけど、ちょっと飲み比べてみてください」

オレンジジュースに本源の力を込めるお務めが終わり、オバチャンが味見を促して来たので、一口飲んでみた。

果汁100%の普通のオレンジジュースだ。

それから味を比べるために、本源の力を込めていないオレンジジュースも一口飲む。

どちらもさほど変わらない。

「どうですか?なんか味違う気がしません?」

「う~ん、なんとなく、こっちの方が美味しい気がします」

オバチャンに気を遣って、本源の力を込めたオレンジジュースの方が美味しいとウソをついた。

自分が信じているものを信じてもらえないのはショックだろうと思い、僕は飲む前からそう言うつもりでいた。

「でしょ!やっぱり違いますよね」

オバチャンが嬉しそうに笑う。

従兄弟やオバチャンみたいに神秘の力で本当に味が変わったら楽しいだろうな、と思った。

小さい頃からオカルトやスピリチュアルな物が好きで、ずっと興味や関心を寄せているのに、宗教が主張するこの手の不思議な力を信じる能力がないようだ。

「猫飼ってます?」

本源のお務めが成功して上機嫌なオバチャンに唐突にそう聞いてみた。

知りたいのは猫の事ではなく、旦那さんの事だったけど、直接聞くのは躊躇われたので、猫の話題をきっかけに、隣の部屋の様子を確認しようと思った。

「あ、そうそう。音するでしょ? 隣の部屋にいるかしら?」

そう言ってオバチャンが隣の部屋の襖を少し開けた。

一匹の三毛猫が襖の隙間からひょっこりとリビングに出て来て、オバチャンがまた襖を閉めた。

その間、隣の部屋の奥に仏壇が見えた。

たぶん旦那さんの仏壇だと思った。

オバチャンは旦那さんが亡くなった不幸をきっかけに本源の宗教に入信したのかもしれない。

4人家族で住んでいた家に猫とオバチャンの二人きり。

オバチャンも自分自身にたぶんウソをついている。

本源の力に関してもまだ半信半疑で、信じ切ってはいない。

オレンジジュースの実験で気を良くしたオバチャンが、今度は僕の体の悪い部分を本源で治すと言った。

僕は対人不安から来る過緊張で首と肩、背中が常に凝り固まっていた。

「じゃあそこを重点的に本源のお務めしていきますね」

僕はカーペットの上にうつ伏せになり、オバチャンの本源を素直に受けた。

「本源おねがいします」

直接体に触れるような事はなく、僕はうつ伏せになったまま、オバチャンの言葉に耳を澄ましていた。

本源おねがいします、とオバチャンが低く呟く度に、家に漂っている陰の気がリビングに集まって来るような気がした。

また何の変化も感じないまま本源のお務めが終わった。

「どうですか?」

「だいぶ楽になった感じがします」

僕はオバチャンが本源の力を信じ切れるように、またウソをついて、多少大袈裟なくらい体の調子が良くなったふりをした。

本源を信じる事で自分の身にふりかかるあらゆる不幸や幸福に納得出来るならそれでいい。

否定や批判はこれまで散々されて来ただろう。

ひょっとしたら二人の娘さんが家を出た理由も、本源にハマったオバチャンに嫌気が差したからかもしれない。

とにかくオバチャンの現在は本源によって支えられている。

そこにはウソがない。

それからオバチャンは夕食の支度を始めて、二人で食事をした。

「余り物で作っちゃって、ごめんなさいね」

オバチャンはそう言いつつ、丁寧にシチューを作ってくれた。

「美味しいです」

リビングのテーブルでオバチャンと向かい合って食べていると、家族4人が楽しそうに夕飯を食べている映像が鮮明に浮かんで来た。

今日は2人だけど、オバチャンはいつも1人でここに座って食べている。

椅子は相変わらず4人分。

だからオバチャンが1人で食べていても、空いた席には幸せだった過去の亡霊も一緒に座る。

そんなオバチャンの孤独を感じた。

それから集会所でも本源を体験して、その日はオバチャンのご厚意で一晩泊めてもらう事になった。

お風呂を借りたら、教団の開運グッズだろうか?

梵字を記したお札のようなシールが浴槽に貼られていた。

家の中をよく見ると、他の場所にも同じシールが貼ってある。

娘さんが使っていた2階の部屋に布団を敷いてもらい、僕はそこで寝た。

昨日会った人の家に泊まてもらえる不思議。

これは本源を信じているオバチャンのおかげだ。

「ありがとうございました」

次の日、オバチャンの自宅前にあるバス停からバスに乗って、また諏訪瀬島までの旅を続けた。

オバチャンとはそのままメル友みたいな関係になって、旅の間何度かやりとりした。

僕が熊本市民でよそ者じゃなかったら、オバチャンは僕を本格的に本源のお務めに勧誘していたと思う。

オバチャン的に僕との出会いは本源による縁だったりするんだろうか?

いつだったか数年ぶりにオバチャンから「お久しぶりです!」と、メールが来たけど、返信したらそれきり音信不通になってしまった。

良縁か悪縁なのかはわからないけど、この先もずっと記憶に残りそうな人ではある。

今もまだ本源のお務めに励んでいるかどうかはわからない。

いつも読んでくれてありがとう。







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